文学に関心ナシ、朝寝坊の悪癖、異国の夫に手紙も出さず…文豪・夏目漱石が“悪妻”・鏡子と添い遂げた深すぎる理由
弟子たちが流布させた悪妻説
長尾氏は、鏡子悪妻説は漱石晩年期の弟子たちが流布させたものだという。彼らがあまりにも師匠である漱石を神聖視したために、師匠に見合うだけの教養や深さがなかった鏡子を悪妻と決めつけ、そのイメージを世間に広めてしまったというのである。
「一般的には、自伝的小説の『道草』が引き合いに出されますが、私は『吾輩は猫である』に登場する苦沙弥夫婦こそ、夏目夫婦そのものだと断言します。ほのぼのとしてトンチンカンなやり取りは、2人の生活をそのまま写したものであり、実生活で漱石は鏡子のことをかなり可愛いと思っていたはずです。『猫』には、先生が自分の奥さんをイロっぽい女だと評する場面がありますが、明治時代に夫が妻のことをそこまで言うのは珍しい。
また鏡子も、『私の夫は世界一の男である』と、子どもたちが呆れるくらいに褒め讃えている。晩年の講演旅行の際も、具合が悪かった漱石は看護婦ではなく常に妻を帯同していた。漱石と鏡子は、最後まで惚れあっていた夫婦だったと思います」(長尾氏)
本人たちにしかわからない真贋
漱石の代表作である「坊っちゃん」には「清」という老女中が登場する。坊ちゃんが唯一愛情を覚える「キヨ」はまた、鏡子夫人の戸籍名でもある。かつて英国から鏡子に宛てた漱石の手紙には、こうも記されている。
「段々日が立つと国の事を色々思ふ おれの様な不人情なものでも頻りに御前が恋しい 是丈は奇特と云って褒めて貰はなければならぬ」
悪妻か否かは後世の人々の評価であり、その真贋は本人たちにしかわからない。いずれにせよ最後まで別れず添い遂げたのだから、漱石にとって鏡子が得難い相手であったのは間違いない。
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