【小澤征爾さん死去】武満徹さんを世界に送り出した伝説の名曲「ノヴェンバ―・ステップス」初演指揮の舞台裏
琵琶と尺八をオーケストラに
その後、小澤はN響事件で日本を“脱出”。しばらくは海外での活躍がつづいた。次に武満作品を指揮するのは1966年5月、現代音楽の発表会「オーケストラル・スペース‘66」でのことだった。会場は日生劇場内の国際会議場。
「ここで小澤さんが初演指揮したのが、《アーク〔弧〕》第1部第2楽章です。しかし小澤さんは、武満さんの、もう1曲の新作のほうに、強烈な興味を示します」
それが、琵琶(鶴田錦史)と尺八(横山勝也)だけの二重奏曲《エクリプス〔蝕〕》だった。武満が和楽器を使用した、最初の楽曲である。
「これを聴いて、小澤さんはびっくり仰天してしまうのです。そもそも、琵琶と尺八はおなじ和楽器ですが、まったくちがうジャンルで、“共演”することはありえない。それを平然と結びつけて、新しい響きを生みだした。この瞬間から、2人は前人未踏の道に踏み入ることになります」
ここから先は、証言や記録によって細部にちがいがあり、どれが正確かは不明だが、おおよその流れを、音楽ジャーナリスト氏にまとめてもらおう。
「武満さんは、このころ、TVドキュメンタリー『日本の文様』や、映画『切腹』『暗殺』『怪談』などのために和楽器を勉強し、実験的に使用していました。さらにNHK大河ドラマ『源義経』では、和楽器とオーケストラを“共演”させていました」
《エクリプス〔蝕〕》は、その延長で生まれた曲だった。
「それをさらに発展させて、琵琶・尺八とオーケストラの“協奏曲”にしてはどうかと、小澤さんが進言したらしいのです。おそらく武満さんを海外に紹介したいという、いい意味での“野望”もあったと思います。しかし、そんな協奏曲、いままで誰も書いていないし、聴いたこともない。誰も想像すらできませんでした」
たまたまニューヨーク・フィルハーモニックが、創立125周年を迎えるにあたって、世界中の作曲者に記念曲を委嘱することになっていた。
「小澤さんは、さっそく《エクリプス〔蝕〕》のテープをもってNYへ飛び、バーンスタインに聴かせ、“協奏曲”のアイデアを提案しました。その結果、武満さんは、世界18人の委嘱作曲家のひとりに選出されるのです」
かくして、作曲=武満徹、指揮=小澤征爾、琵琶=鶴田錦史、尺八=横山勝也の4人が、前代未聞の“協奏曲”にとりかかることになった。
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