「ママ、もうこれ以上は我慢できない」と男性は叫んだ…モスクワ劇場テロ占拠事件、極限状態58時間からの脱出と“特殊ガス”

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特殊部隊「アルファ」が突入へ

 3日目。プーチン大統領は、「武装グループとの話し合いは続けるが、チェチェンへの姿勢は変更しない」と、その態を明らかにしている。そもそもロシア政府は「人質を解放すれば、武装グループの命だけは助ける」ということ以外、何も言っていない。

 一方、武装グループは、この日に「26日より処刑を始める」と伝えてきたことになっている。「まず一番太った人質を射殺する」「朝6時か10時に射殺を開始する」という話が駆け巡ったのも、その深夜のことである。情報源は確かではない。

 だがその後、この話にそって「処刑」が始まったとされ、ロシア政府は「人質2人死亡、2人負傷」と発表、そして特殊部隊「アルファ」が突入する。

人質のひとりがパニック状態に

「処刑」はあったのか。

「ことの始まりは、外から聞こえてきた銃声です。メンバーのひとりが銃声の方向に走って出て行きました。その後、彼はすぐに戻ってきましたが、そのとき、人質のひとりの男性がパニック状態になりました。彼の目は真っ赤に血走り、空き瓶を片手に出口のほうに走って逃げようとしました。

 ちょうど彼の突き進む方向に武装グループの女性メンバーが立っていました。彼女に向かって持っていた空き瓶を投げつけながら、彼はこう絶叫したんです。『ママ、もうこれ以上は我慢できない』。その男性は、もうこれ以上ストレスに耐えることができなかったのです。瓶は、その女性にはあたりませんでした。そして、一瞬の間があって、その女性は彼を撃ちました。

 それからどうなったのか、わたしはよく覚えていません。気が付くと、別の場所からひとりの男性の泣き叫ぶ声が聞こえてきました。『妻が殺された』。結局、ふたりが殺され、ふたりが負傷しました。パニックに陥ったひとりのせいで、3人が死傷しました」

事件全体で射殺は2人のみ

 その後に出たいくつかの証言を総合すると、このときの死者はひとりだけだった。女性は上に向かって撃ち、舞台にいた武装グループの男性が錯乱した男を狙ったが、別の人質男女にあたった。男性は眉間を撃ち抜かれ、女性は胸を撃たれた。きっかけをつくった男性は取り押さえられたという。

 そして撃たれたふたりは救急車で運び出された。病院で男性は死亡したが、女性は死んでいない。後の公式発表でも事件全体で射殺されたのは、初日に劇場に入っていった女性と、この時の男性のふたりだけである。

 これが「処刑」のすべてだった。だがあの時点では「処刑開始」だった。そして特殊ガスがエアコンや通風用のダクトを通じて注入されたのだ。

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