「ママ、もうこれ以上は我慢できない」と男性は叫んだ…モスクワ劇場テロ占拠事件、極限状態58時間からの脱出と“特殊ガス”
わたしたちは正しいことをやっています
武装グループは、一貫して「ロシアのチェチェンからの撤退」を主張して譲らない。ダーリヤさんは直接武装グループと会話をしていないが、武装グループの女性が近くの人質に繰り返し語っていた言葉をよく覚えている。
「わたしたちは正しいことをやっています。あなたたちのせいで、チェチェンでは罪のない人たちが殺されつづけています」
主張は明確だった。それだけに妥協の余地はなかった。
「チェチェンではもう10年も戦争が続いているっていうのに、あなたたちは劇場なんかに通ってるなんて。こっちは近親者がみんな殺されているんです。これ以上失うものはないんです」(『論拠と事実』紙より)
人質とのこんな言葉も残されている。イスラム教を信仰しているが、チェチェン社会には独特の「血の復讐の掟」という極めて重要な民族の規範があるという。一説に、男子は父方7代の先祖に遡ってその復讐すべき相手を暗記させられる。チェチェンに侵攻するロシア兵が覆面しているのはこのためという。
武装グループを「カミカゼ」と
劇場を占拠した武装グループの印象はさまざまだ。
「テロリストたちは映画に出てくるファシストのように見えました。憎々しげで、非情で。武器を手にした悪党たちはわたしたちが脅えるのを楽しんでいました」(レーナ・ミロヴィドアさん、13歳。『サベセードニク』誌より)
「半分は獣で女性もろくでもない悪党でした。でも半分は優しくおもいやりがあり、自分たちから話しかけ生活の不満を訴えていました」(エレーナ・シューモアさん、25歳。「論拠と事実」紙より)
このインタビューでダーリヤさんは、時おり武装グループを「カミカゼ」という言葉で表すことがあった。
「誰かの命令に従い、任務を遂行するためには自分の命を捨てることをも厭わない。武装グループはそのように見えました。だからカミカゼと呼んだのです」
[2/5ページ]