「小銃を抱えた武装集団を見た時は特別な演出かと」「トイレは屈辱的だった」…モスクワ劇場テロ占拠事件 生存者が語った恐怖の58時間

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楽屋から飛び降りた俳優たち

 このとき、舞台にいなかった俳優20数名はいくつかの楽屋に鍵をかけて立てこもっていた。カーチャを演じるこの日の主演女優マリア・ショルストヴァさんも2階の楽屋で息を潜めていた。やがて他の楽屋からの脱出が始まると、彼女も同じように窓から逃げ出したのだという。マリアさんに聞いた。

「部屋の電気を切って、最後に降りたのがわたしでした。消防用の梯子を使いました。劇場から離れて数十秒後に明かりがついたのが見えました」

 ダーリヤさんが聞いた銃声は、俳優たちの脱出に気がついて武装グループから発射されたものの可能性が高い。

 マリアさんは「ほんとうに運がよかった」と振り返る。カーチャ役でない日は、襲撃のあったシーンの直後に出番がある役だったし、この日もカーチャの衣装が来るのが遅れたため、発生当時たまたま楽屋にいたのだった。

 楽屋から飛び降りた俳優たちは、骨折した人がいるくらいで、みな無事脱出に成功した。だがマリアさんは言う。

「あの劇場はわたしたちの住処でした。第一幕で観ていてくれた観客が、あの時までは全員生きていたのに――」

最初の犠牲者

 占拠後すぐ、人質のひとりが射殺されたと報道された。これは後に、「劇場に近づこうとした女性」と訂正されたが、一方、武装グループはチェチェン関係のサイトで、ロシア連邦保安局の協力者だったと書いている。

 いったい何が起きていたのか。

「わたしの覚えている限りは、彼女は劇場の外から入ってきました。酔っ払っていたようです。彼女はいきなり観客に向かって、『みんなどうしてこんなところに座っているの、武装グループの何が怖いの?』と大声をあげました。武装グループのひとりが、彼女を撃つよう命じました。ほかのメンバーもそれに賛意を示しました。それで観客たちはパニックになったんです。『なぜ彼女を殺す必要があるのか』とそこここで声があがりました。

 でもその声は無視され、彼女は別の小部屋に連れていかれました。やがて堅く閉ざされたドアの向こうから、銃声が響き渡りました。その瞬間、わたしの頭の中は真っ白になり、からだがブルブル震えました。メンバーのひとりが低い声で言いました。『あなたたちのひとりでもわれわれを非難するようなことをすれば、10人ずつ束ねて殺していく』」

 占拠2日目。子ども、女性、外国人などさみだれ式に解放されていく。午前一時に最初の子どもたち22人解放、午後2時に英国人ら5名解放といわれているが、正確な数はわからない。子どもは12歳以下で、14、5歳という人質が何人も最後まで残っていた。

「もう直接的な抵抗を試みる人はいませんでした。ただみんなじっと耐えていました。すると武装グループの1人が『外国人は外に出ろ、出るときにはパスポートを見せろ』と言いました。何人かの外国人が外に向かって走っていくのが見えました。わたしにとって、外はほんとう遠く感じられました」

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