「小銃を抱えた武装集団を見た時は特別な演出かと」「トイレは屈辱的だった」…モスクワ劇場テロ占拠事件 生存者が語った恐怖の58時間
席を立つな。みんなは人質だ
「自動小銃を抱えた武装グループの1人が突然、わたしたちの前に現れました。ちょうどその時、舞台では、軍人役の俳優がタップダンスを踊っていました。武装グループの着ていた服は本物で、舞台の軍人の衣装とは明らかに違っている。彼は観客に向かって『自分の席を立つな』と大声で叫びました。
わたしの席は1階の一番後ろで、近くにはドアがありました。気がつくと、そのドアは開いていて、銃を持った女性がどんどん入ってくるところでした。そしてそのうちの1人が銃口を上に向けて撃ちました。びっくりしました。別の女性が『席を立つな。みんなは人質だ』と大声をあげました。舞台の男も続いて銃口を上に向けて撃ち、『みんな、席を立つな』と再び怒鳴ったのです」
ここドゥブロフカ・ベアリング工場文化宮殿は、「ノルド・オスト」を上演していた1100人収容の大ホールのほか、ダンスなどの練習に使われる小さなスタジオがいくつもある。後にわかったのだが、それらのスタジオでも占拠の手順はまったく同じだった。
観客の顔は真っ青になった
「そして武装グループは観客全員をホールの真ん中に集め、『みんな落ち着け、パニックになるな、パニックになる必要はない』と言いました。この声を聞いて、観客の多くは、実は目の前で繰り広げられている光景は劇の一部であり、演出なのだと思ったようです。
わたしにも監督が観客を驚かせようとわざとやっているのだと感じられました。事実、周りの観客たちと、『あらあら、ひどいことになったね。別の劇が始まったようだね』と言葉を交わしたのです。それに俳優たちもこれが本物の占拠事件だとは確信していなかったようです。あとで尋ねたら、今日は何かの記念日、例えば劇場の開設記念日で、監督が特別の演出を行っているのだと思っている人がいました」
だがそんな期待に満ちた誤解は、たちまち打ち砕かれる。
「俳優たちは舞台から下ろされ、舞台と観客の間にいたオーケストラの団員たちも空いている席に座らされました。武装グループは何人かの人質のからだに爆弾を巻きつけ始めました。みんなの顔は真っ青に変っていきました。ほんとうの占拠事件ではないと自分に言い聞かせようと努力しましたが、もう無理でした。わたしも強いショックを受けて10分くらいはただただ呆然としていました。
それから武装グループは劇場の控え室や事務室などの小部屋をひとつひとつ点検しはじめました。そのとき、外から大きな銃声が聞こえてきました。だれかが逃げたようですが、わたしは見ていません」
[3/5ページ]