「不適切にもほどがある!」今回は純子とムッチ先輩…クドカンの作品にはなぜ“不良”がたくさん登場するのか
TBS「不適切にもほどがある!」(金曜午後10時)が冬ドラマの話題をさらっている。脚本はクドカンこと宮藤官九郎氏(53)が書き、プロデューサーは磯山晶氏(56)。このコンビによる同局の作品は計14作目になる。2人が現在地に辿り着くまでの軌跡を辿り、この作品に込めた思いを読む。
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クドカンと磯山氏は「2つの世界」を使う
「不適切にもほどがある!」に2つの世界があるのは知られている通り。主人公・小川市郎(阿部サダヲ・53)が暮らしていた1986年と現代(2024年)である。2つの世界を並行して描くのが多くのタイムリープ作品との違いだ。
クドカンと磯山氏が組む作品には2つの世界を見せるものが多い。「木更津キャッツアイ」(02年)の場合、主人公・ぶっさん(岡田准一・43)たちは、昼は草野球チーム「木更津キャッツ」の一員だが、夜の顔は怪盗団「木更津キャッツアイ」に変身した。
「タイガー&ドラゴン」(05年)の主人公の1人・虎児(長瀬智也・45)は、足を洗わぬまま落語家に弟子入りしたヤクザ。この作品では落語界とヤクザ界が同時進行で表された。
「俺の家の話」(21年)の主人公・寿一(長瀬智也)は能楽の宗家の跡取りとして生まれながら、家を離れ、プロレスラーになる。この作品では舞台(リング)に立つということくらいしか共通点の見出せない2つの世界が描かれた。
どうしてクドカンと磯山氏は2つの世界を多用するのか。その理由の1つは人間の複雑性、多面性をより鮮明にしようとしているからだろう。
例えば「俺の家の話」では寿一の家族への偽らざる思いが、2つの世界を使うことによって、克明に浮かび上がった。また、どこの世界でも変わらない人間が持つ普遍性をあぶり出すのにも複数の世界を使ったほうがいい。
市郎をヒーローにするつもりはない
「不適切にもほどがある!」の場合、社会の共通認識や価値観が、いかにいい加減なものかを表すためにも2つの世界を使っているのだろう。
また、市郎が当初、パワハラを容認し、働き方改革を鼻で笑ったことから、昭和の価値観の復活を訴えているのではないかとの見方が一部で生まれたが、そうではない。クドカン自身もTBSを通じて出したコメントで明確に否定している。
「『昔は良かった』なんて口が裂けても言いたくない。昭和もそこそこ生きづらかったし、戻りたいとは思わない」(クドカンのコメント)
市郎をヒーローにするつもりはないのである。
一方でクドカンは「あの頃の価値観を『古い』の一言で全否定されるのは癪なんです。だって楽しいこともあったし、大人が自由で元気だった」ともコメントとしている。
その上で「自分と違う価値観を認めてこその多様性」(クドカンのコメント)と言っている。現代の価値観が暴走し、少数派意見が押し潰されてしまうことは危惧している。
過去の生活スタイルや流行もクドカンは否定しない。市郎の1人娘で高2の純子(河合優実・23)の不真面目に映る日々も、ケンカとバイクしか頭にないようなムッチ先輩(磯村勇斗・31)も温かく描いている。
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