日本のサル真似が4月危機を呼ぶ? 尹錫悦政権、総選挙目前に株もテコ入れ

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大統領も株価対策

――韓国は「PBR」以外の、根っこからの市場改革に取り組むのでしょうか?

鈴置:尹錫悦大統領は1月17日と2月8日の2回に亘り、企業を継承する際の懲罰的な相続税を軽減すると表明しました。上場企業のオーナーが相続対策で株価を低く抑えるという、普通の国では考えにくい不合理な現状をようやく改善する姿勢を見せたのです。

 もっとも、本音は4月10日の総選挙で与党支持票を増やす目的と見られています。総選挙で大きく負ければ、尹錫悦大統領は弾劾に追い込まれかねない。そもそも「相続税軽減」は韓国株が下がりに下がったタイミングでの発言でしたから、普通の韓国人なら株価テコ入れが狙いと見なします。

 大統領発言もあって株は持ち直しました。KOSPIは2月19日に2680・26と、約1年9カ月ぶりに高値を更新しました。こうなると、政権が相続税軽減にどれだけ本気で動くのかに疑問符が付きます。政治的には投票日まで株が上がっていればいいのですから。

――相続税の軽減で韓国の企業統治は改善しますか?

鈴置:首を傾げる専門家が多い。オーナーが株価を抑え込む理由は相続対策だけではないからです。仮に相続税軽減の効果により一時的に株価が上がったとしても、外国人投資家の不満は改善しないとの指摘もあります。韓国の奇妙なガバナンスが引き起こしている問題は株価以外にも多々あるからです。

 中央日報の「コリア・ディスカウント問題、相続税廃止だけで終われば失敗、この機会逃せば改善は不透明」(2月13日、日本語版)が韓国の企業統治問題を分かりやすく説き明かしています。

株主総会に力を与えよ

 オランダの公的年金を運用するAPGで、アジア太平洋地域の投資を総括するパク・ユギョン氏へのインタビューです。同氏は2015年3月、現代自動車の株主総会で取締役会にガバナンス委員会を設置するよう要求したこともあります。韓国語版を参照しながら発言のポイントを紹介します。

・[コリア・ディスカウントの原因は]韓国企業の低い株主還元率とROE(自己資本利益率)が示す非効率的な資本運用だ。取締役会の大部分は経営陣への牽制と監視の役割を果たしていない。特に、支配株主[オーナー]の強力な統治権に対しては、ほぼ無牽制である。
・これを放置したのが法律と規制の枠組みだ。韓国の商法には取締役会の株主に対する義務が盛り込まれていない。株主総会の権限は小さく取締役会の権限が大きい。少額株主が取締役会や経営陣に責任を問える、牽制と監視の役割を果たす制度がない。
・[海外の投資家は]資本の論理が通じない市場と見ている。株価が低いため、債券発行に頼らざるを得ない。新株発行を通じた企業買収も難しい。
・[コリア・ディスカウント解消には]株主総会の実効性を強化する必要がある。利害関係者との[株式などの]大規模取引や、経営陣への報酬、大規模株式発行などを株主総会の決議事項とすべきだ。取締役に会社の利益保護とともに株主の利益向上義務を課し、自社株買い入れ後の消却を明文化する法改正にも努力もすべきだ。
・[韓国政府の進める企業バリュー・アップ政策に関しては]コリア・ディスカウント解消の意思を見せたのは評価する。だが、大株主への相続税廃止ばかりが強調され、それ以外が疎かにならないよう望みたい。
・今回の機会を失し、世界の機関投資家の失望を呼べば、改善の道を失い結果的に企業の競争力に悪影響を与える。日本では安倍政権の時から一貫して推進してきた政策が、ここ数年間で花開いたのだ。

円建て債に走る企業

――しかし、韓国の株価は上がった。投資家も政権も幸福ですね。

鈴置:でも、こうして無理して株高を演出すると、選挙後に反動で大きく下げる危険性も膨らみます。今、株価が上がっているのは選挙対策のためだ、と誰もが知っているのですから。

「日本のサルまねが恥ずかしい」といった次元の問題では済みません。ことに、不動産問題が火を噴きそうになっている時なのです。

ついに韓国バブルが崩壊し始めた 『4月の総選挙までは』と必死に持たせる尹錫悦政権」で指摘したように、崩壊し始めた不動産バブルも尹錫悦政権は無理に支えているのです。

 韓国経済新聞が不気味な記事を載せました。「『建設17社が連鎖不渡り』…経済界に広がる『4月危機説』[キム・イクファンのカンパニー・ウォッチ]」(2月12日、韓国語版)です。

 4月10日の選挙が終われば、死に体だった建設会社への資金供給が断たれ、17社が倒産する――との噂を紹介した記事です。あくまで噂に過ぎず、関係者の否定談話も合わせて載せています。記事で見落とせないのは、企業の財務担当者らが来るべき金融危機に本腰で備え始めた、という部分です。そこを訳します。

・4月危機説が出回る中、各企業もそれに備え現金の手当てに乗り出した。今年に入り2月13日までの社債発行額は17兆9799億ウォン[1ウォン=0・11円]。昨年同期と比べ31・0%(4兆2508億ウォン)増えた。
・純発行額(発行額から償還額を引いた金額)は8兆2389億ウォンと21・5%増加した。今年1月の社債発行額・純発行額も月間基準で史上最大だった。

 愛知淑徳大学の真田幸光教授は「韓国企業の円建て債の発行がここに来て増えた」と注目しています。4月危機に怯える韓国企業が日本までやってきて資金を手当てしているのです。

 隣国の激しい政治闘争と、それによる経済的な不安定は日本にとって決して対岸の火事に留まりません。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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