「100年近く前に後方宙返りをしていた天才」 ノーベル賞・大村智も学んだ“スキー天狗”横山隆策(小林信也)
「教わるのをやめろ」
「学生時代は本当に距離スキーばっかりやってたなあ(笑)。山梨大のスキー部の監督が見込んでくれたんだろうね、冬になると私だけ妙高・池の平に連れて行ってくれた。そこで横山隆策さんの指導を受けたんです。宿の囲炉裏を囲んで、隆策さんを中心に日本のトップ選手たちが集まり、その日の練習について指導を受ける。私は後ろでずっと聞いていた。それがよかったんだね」
大村は大学1年から4年まで、山梨県選手権で優勝。高3から5連覇を飾った。
「私は韮崎の百姓の長男です。小学生のころから畑も田んぼも手伝った。将来はどうせ百姓を継ぐんだから遊んでやれと思って勉強はまったくしなかった(笑)。
ところが高校3年の時、親父が『勉強したいのなら大学に行ってもいいぞ』と言った。急いで大学を探して、結局山梨大学に入りました。父は、いずれ機械化が進んで兼業で農業ができると先を読んで私を大学に行かせたのだと思います」
父の先見の明が、偉大な研究家と発明を生んだ。
「研究者として大切なことも隆策さんから学びました」
大村が言った。当時新潟勢は北海道勢に追い付くため、北海道に行って練習していたが勝てなかった。それを見て、隆策が言った。
「教わるだけでなく、自分たちで工夫しなさい」と。
「それから勝てるようになった。研究も同じ。自分で工夫するのが大事。独創性がないと新しいものは生み出せません。私はそれを、スキーを通して学びました」
新薬開発のルーツ
「クロスカントリー・スキーは苦しいけど、下りとか楽しい時もある。そのリズムがいいんだね。研究者人生にも壁があった。乗り越えてもすぐ壁に当たる。でもスキーの経験があるから、苦楽を乗り越えるリズムを楽しめるというのかな(笑)」
大村は75年、伊豆の土壌から分離した放線菌が生産する化学物質「エバーメクチン」を発見。それが動物の抗寄生虫薬「イベルメクチン」として実用化され、アフリカや中南米などにまん延していた人の感染症に効く特効薬の開発につながった。さらにリンパ系フィラリア症にも効くと分かり、今も年間約3億5000万人をこれらの感染症から守っている。北里大学病院のHPには次の紹介がある。
〈大村博士は日頃から若い研究者らに「独自性をもつことが大切」と説いています。これまで研究対象として注目されなかった動物薬に目をつけ、人間用の薬へと発展させたのは、まさに大村博士の「独自性」でした。(中略)「人まねはしない」という大村博士の信念が多くの人を救う新薬の開発へとつながったのです。〉
人まねはしない、その信念のルーツは隆策だった。
隆策の子・久雄は、84歳の今もパラリンピック代表選手をサポートしている。隆策が建てた山小屋から発展した「池廼家旅館」は寿美子が継ぎ、スキーヤーや陸上選手たちの合宿拠点となっている。