「100年近く前に後方宙返りをしていた天才」 ノーベル賞・大村智も学んだ“スキー天狗”横山隆策(小林信也)
時代が昭和になってすぐだから、今から100年近く前の話。
「妙高にスキー天狗がいる」
と雪深い山村でうわさが立った。天狗はスキーで斜面を滑り降りるだけでなく、ジャンプや宙返りまでする。およそ人間業と思えない。「あれは天狗だ!」と見た人が騒いだ。そのスキー天狗こそ、横山隆策だった。
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新潟県新井町(現・妙高市)でたばこ製造業を営む裕福な家に生まれた隆策はスキーにのめり込み、18歳になると妙高・池の平に土地を買い、山小屋を建てて移り住んだ。2階建て8室もある立派な建物。後に早稲田や慶應をはじめ全国の距離スキー選手たちが合宿の拠点とする“虎の穴”のような場所になる。
隆策はヨーロッパのスキー雑誌を取り寄せ、写真を頼りに新たなスキーの乗り方や滑り方を考え挑戦した。雑誌で前方宙返りの写真を見つけると、「それなら俺は後方宙返りをやる」と、斜面にジャンプ台を設え、試行錯誤の末に成功させた。フリースタイルスキーが五輪種目になる70年も前に、隆策はすでに体現していた。
必要な道具も工夫して作った。長女の良子が国体に出場する際、隆策は自ら距離スキーの設計図を描き、風間スキー製作所に持ち込んだ。隆策がデザインした距離スキーはその後、日本選手の約9割が愛用する人気モデルとなった。
そのスキーで最も華々しい活躍をしたのは隆策の子・良子、妙子、光子の横山三姉妹だった。1950年代半ばから60年代にかけて、三姉妹は全日本選手権で27個の金メダルを獲得した。長男・久雄も62年全日本インカレ15キロで優勝している。さらに久雄の長女・久美子、次女・寿美子はそろって長野五輪に出場した。まさに横山スキー一家と呼ぶにふさわしい系譜。
近くに別荘を持っていた“憲政の神様”尾崎行雄は80歳からスキーを始めた。尾崎は隆策の妙技を見て「神業だ」と絶賛し、スキーの指南役を頼んだ。
スキー天狗の指導を受けた選手の中に、後にノーベル生理学・医学賞を受賞する大村智がいる。時は横山三姉妹の全盛期。東京・白金の北里大学大村智記念研究所を訪ねると、大村が飾らない表情で話してくれた。
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