作曲した宇崎竜童との共演をN響が拒否?…大河ドラマ「テーマ曲ベスト10」と作品ウラ話

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難解? よくわからない混迷音楽

 大河ドラマ・テーマ曲の大ファンにして、音楽ライターの富樫鉄火さんに、「昭和」の大河ドラマ26作から、音楽の観点で選んだベスト10を選んでもらい、それぞれの作品のエピソードも紹介する企画。前編では第10位から4位までを紹介したが、後編ではいよいよベスト3、そして番外編として2曲を紹介する。

(3)春の坂道/1971(昭和46)年、三善晃作曲、森正指揮

 第9作。東映の大スター、中村錦之介(のちの萬屋錦之介)が、徳川三代に仕える柳生宗矩を演じました。錦之介は、これを機に柳生を当たり役とし、映画「柳生一族の陰謀」(1978)や、民放ドラマなどで同役を何度も演じることになります。

 それにしても、こんな音楽が毎週日曜日の夜8時、日本中のお茶の間に流れていたとは! 作曲はのちに桐朋学園大学長や東京文化会館長をつとめる、三善晃(1933~2013)。合唱や管弦楽で知られる現代音楽の旗手ですが、映像音楽はTVと映画を合わせても数作しかありません。大河ドラマは本作がただ一度。しかもテーマ曲のみの作曲です(劇中音楽は間宮芳生が担当)。

 ほかはTVアニメ「赤毛のアン」(高畑勲演出、1979)が有名ですが、ここでも主題歌のみの作曲。“アニソン史上、最も難しい歌”といわれています。

 この「春の坂道」で驚くのは、前奏らしき部分が「1分間」もつづくことです。バックにウインド・マシーン(風の音)が流れますが、2分強しかないのに、その半分が、何が起きているのか、よくわからない“混迷”音楽なのです。ここでのチェロ独奏は、N響の小野崎純。現在のチェロ奏者の多くを育てた名伯楽です。

 そして1分後、ようやく曲らしくなったと思いきや、〈リピート型〉の激しい展開となり、最後は急激にテンポアップして、あっさり終わります。柳生とか徳川とかはどうでもいい、とにかく自らが思うところを大管弦楽でぶつけた――そんな曲なのです。あまりに個性的な音楽であり、三善晃の生涯でただ1曲の時代劇音楽としても貴重な楽曲です。

 三善晃は、この翌年、《札幌オリンピック・ファンファーレ》を作曲。さらに1988年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲《深層の祭》で、日本中を驚かせます。中高生が多い吹奏楽界に、平然と“大人の現代音楽”を持ち込み、“吹奏楽を変えた4分間”と呼ばれました。三善晃は「わかりやすいとか難しいなんて、誰が決めるのか」といっているようです。「春の坂道」も、そんな精神で書かれていたように思えます。

(2)源義経/1966(昭和41)年、武満徹作曲、外山雄三指揮 

 第4作。歌舞伎界のプリンス、尾上菊之助(現・七代目尾上菊五郎)がTV初主演し、静御前を演じた藤純子(現・富司純子)と結婚するきっかけとなった作品です。

 この見事なまでに格調あふれるテーマ曲は、音楽史的にもたいへん重要です。このころ、武満徹は、和楽器に取り組んでいました。そしてこのドラマで、西洋楽器のオーケストラと和楽器を“共演”させる実験に挑んだのです。いまでこそ当たり前の手法ですが、当時としては画期的なことでした。〈坂本龍一選CD〉でも「初期の大河ドラマでの中で、やはりいいなあと思う」「邦楽器が大河ドラマのテーマ曲の演奏に使われたのはこれが初めてだそうです」と説明されています。

 とにかく使用楽器がすごいです。琵琶(鶴田錦史)、尺八(横山勝也)、十七絃箏、当時日本に1台しかなかったバス・フルート、宮内庁から借りた中国伝来の打楽器・磬(けい)、さらには内部に異物を挟み込んで音色を変える前衛奏法のプリペアド・ピアノまで。スタジオには20本の弓が持ち込まれ、いっせいに「鳴弦」(矢をつがえずに弦をひく)による「ビュン!」の効果音が重ねられました。

 この曲で自信を得た武満は、おなじ奏者による琵琶と尺八のための《エクリプス[蝕]》を作曲します。この録音を、小澤征爾から聴かされたバーンスタインが大感動し、翌年、ニューヨーク・フィル委嘱作品、名曲《ノヴェンバー・ステップス》が誕生するのです。

 この音楽で、上記プリペアド・ピアノを担当していたのが、オノ・ヨーコの前夫、作曲家・一柳慧(1933~2022)です。一柳は、この四半世紀後、第28作「翔ぶが如く」(1990)の音楽を書くことになります。なお、武満の大河ドラマ音楽は、この「源義経」のみ。〈坂本龍一選CD〉でも「武満さんが手がけた大河のテーマ曲がこの1作のみというのは、ちょっともったいない気も」と惜しんでいます。

(1)花神/1977(昭和52)年、林光作曲、山田一雄指揮

 第15作。第7位「国盗り物語」に続いて林光のランクインです。異論もおありでしょうが、この〈リピート型〉の名曲を第1位にしました。理由は単純で、林光特有のわかりやすいメロディをひたすら繰り返す、しかも〈リピート型〉に必須の「転調」に頼ることなく、ただメロディの力だけで押し切っていく、その潔さが、大河テーマ曲では珍しいからです。〈坂本龍一選CD〉でも「非常にポップです。一度聴いただけで憶えてしまうぐらい。(略)ハリウッド映画の音楽のようなニュアンスがあります」と述べています。

 このドラマは、幕末期、陸軍創設の祖・大村益次郎(中村梅之助)を中心にした、青春群像劇でした。「一人の男がいる。歴史が彼を必要とした時、忽然として現れ、その使命が終わると、大急ぎで去った」とのオープニング・ナレーションを覚えている方も多いでしょう。

 このテーマ曲は、8分の6拍子なので、時折「舟歌」風と解説されますが、よく聴くと、バックでタンバリンがリズムを奏でています。つまりワルツ風の「舞曲」でもあるのです。跳ねるような軽やかさを繰り返しながら、次第に盛り上がっていく曲想は、明治新時代の夜明けを告げる「舞曲」をイメージしているかのようです。

 指揮は、大河テーマ曲史上、ただ一度の登場、“ヤマカズ”こと山田一雄(1912~1991)です。1949年にマーラー《千人の交響曲》を日本初演した大御所ですが、この当時、N響に籍がない指揮者が大河テーマ曲に起用されるのは、珍しいことでした。たいへん個性的な指揮ぶりで知られ、指揮台のうえでジャンプするなど当たり前、興奮のあまり右手を指揮台にぶつけて指揮棒を折ってしまったのを見たこともあります。この「花神」テーマ曲でも、最後の盛り上がりでは、飛び上がって指揮したのではないでしょうか。

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