中国人富裕層に大人気「谷崎潤一郎」ブームが象徴する“消えた爆買い”“逆張り旅行”の意外な真相
「経済成長は続かない」
不思議なのは、いまになって谷崎が人気となっている理由だが、その背景を田代氏がこう話す。
「谷崎に耽溺する、1980年以降に生まれた『80后』と呼ばれる中国の若い世代は、現在50~60代の親世代とは価値観が異なっています。彼らの親たちは“大きな家や車”“高い年収や地位”など、煌びやかなアメリカ的生活様式の果実を求めて頑張ってきた。けれど中国が経済成長を遂げるなかで育った子供たちの世代では、より内面的な世界が重視され、それが細部へのこだわり――つまり“陰影”などに惹かれているようです。すこし前に中国で、無気力な若者を象徴するものとして『寝そべり族』という言葉が流行りましたが、あれは中国版の“ヒッピー・ムーブメント”でもありました。“未来のためにあくせく働くよりイマを静かに楽しむ”という生き方を理論武装するものとしても『陰翳礼讃』は読まれているのかもしれません」
前出の中国人留学生が補足する。
「いまの中国を見れば、“経済一辺倒”の思考はキケンと感じるほうがフツーです。今後も国の成長が右肩上がりで続くなどと、無邪気に信じている者はさすがに周りを見渡してもいない。谷崎がブームとなっているのは“ミニマリスト”の精神にも通じるところがあるように思います。将来が見通せないなか、無駄を削ぎ落とした谷崎の陰翳礼讃は、経済成長の外側にある人の営みの大事な部分を教えてくれている気がする」
谷崎は生前、2度訪中した経験を持つが、没後60年近くを経ての「ブーム到来」に何を思うか。