中国人富裕層に大人気「谷崎潤一郎」ブームが象徴する“消えた爆買い”“逆張り旅行”の意外な真相

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「90億人が大移動する」――と喧伝された中国の春節(旧正月)が2月17日で幕を閉じる。この間、日本にも多くの中国人観光客が訪れたが、かつての「爆買い」は鳴りをひそめるなど、大きな変化も指摘されている。その理由を読み解くカギが、中国人富裕層の間で広がる「谷崎ブーム」にあるという。

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 今年の春節で日本を訪れた中国人観光客の特徴の一つに「逆張り旅行」が挙げられるという。中国人留学生がこう話す。

「東京の浅草や京都の金閣寺といった定番スポットではなく、地方のちょっと寂れた神社やお寺、秘境駅などを目指す旅が20~30代の中国人の間で流行っています。人混みを避けられるし、立派で壮麗な仏閣なら中国でも見ることができる。それより、日本の“素の文化に触れる”ため、あえて地方の辺鄙な場所を目指す若者が増えています」

 その変化は消費行動にもあらわれ、春節期間中、コロナ前に見られた「爆買い」は影をひそめ、体験重視の「コト消費」が主流になっているとか。

「宝飾品などを除けば、わざわざ日本で買わなくてもネットショッピングで大抵の日本製品はすぐ手に入れることができる。どうせ行くなら『日本的な美に直接触れたい』といった声をよく聞きます」(同)

 そんな彼らが「日本の美」に目覚めるキッカケとなった一つが、『細雪』や『痴人の愛』などで知られる作家・谷崎潤一郎なのだという。

「日本的美の教典」

 中国事情に詳しいインフィニティ・チーフエコノミストの田代秀敏氏が言う。

「数年前から谷崎潤一郎の著作が中国で次々と翻訳出版され、とくに“意識高い系”のアッパークラスの若者を中心に“谷崎ブーム”が起きています。なかでも谷崎の代表作の一つである『陰翳礼讃』は彼らの間で〈日本的美意識の教典〉と位置付けられ、微博(ウェイボー)などのSNS上では(中国語への)翻訳をめぐる議論が活発に交わされています」

 そんな社会現象に目を付けた中国の広告代理店が、谷崎を偏愛する20~40代の富裕層に狙いを定め、新たなCM戦略にも打って出ているという。

「いま中国で流れているトヨタ・LEXUS(レクサス)のCMはモノトーンを基調とし、“陰翳礼讃の精神そのもの”と評判になっています。CM内には一瞬ですが、日本の書院造りの部屋から日本庭園を眺めるシーンも挿入されていて、明らかに“谷崎読者をターゲットに据えたもの”と指摘されています。他にも中国のオフィス内装会社が陰翳礼讃を意識したダークな色彩のシンプルな室内装飾のCMを流すなど、谷崎の描いた“繊細で華美を排した水墨画”のような世界が、ある種の進んだスタイルとして中国社会に浸透しつつあります」(田代氏)

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