能登半島地震は人災だった? 27年間放置された県防災計画…「死者数は7名」という信じられない予測が

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 能登大地震からひと月半がたち、被災地は徐々に復旧へと動き始めている。大災禍が生じた要因のひとつとして耐震化の遅れや発災後の対応の不備が指摘されているが、その大本・県の防災計画には、27年も前の大甘想定が並んだまま。なぜ計画は放置されたのか。

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「輪島との間を行ったり来たりで、慌ただしい日々が続いています」

 と語るのは、金沢市内に住む外(そと)武志さん(60)。外さんは能登地震で輪島市内の実家が倒壊し、現地へ向かったものの、道路の寸断などで到着することがかなわず。...

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