「七人の侍」で世界史を読み解く…古代ローマ史学者が書いたユニークな映画ガイド本
「ベン・ハー」の知られざる秘密
「編集者の協力も得ながら、1か月に2~3本の割合で書いていきました。書く前に必ずもう一回見直していたので、全部でまる1年かかったでしょうか。そして、この年齢になって見直すと、自分のなかの“変化”に気づき、何度か驚かされました」
もっとも驚いたのが、「ベン・ハー」(ウィリアム・ワイラー監督、1959)だった。
「この映画は、ユダヤ人のジュダ・ベン・ハーと、ローマ軍の兵士メッサラの物語です。子供のころ、初めて見たときは、傲慢な支配者=ローマ軍のメッサラと、虐げられる哀れなユダヤ人=ジュダとの、単純な善悪の対立話だと思っていました。しかし、大人になって古代ローマ史を研究するようになって、完全に見方が変わりました」
実は、このころのローマ帝国の属州統治は、意外と寛容だったというのだ。
「だって、ローマ兵メッサラと、属州のユダヤ教徒ジュダが、対等に戦車競走に出場して、争っているじゃありませんか。しかもジュダは敬虔なユダヤ教徒でした。ということは、属州には信仰の自由が与えられていたのです。実はメッサラは、幼馴染みのジュダに対して、『ユダヤもローマの属州になったのだから、形だけでいいのでローマ皇帝に敬意を示してほしい』と言っているだけなのです。しかしジュダは聞く耳を持たない。あれではメッサラの立場がありません。いまではメッサラに同情したくなりました」
では、なぜユダヤ教徒たちは、そこまで頑なだったのか。ここから先は、まさに“本村ブシ”全開。おそらく、映画「ベン・ハー」の解説で、ここまでわかりやすく、かつ深い文章は、ないだろう。中学生でも、十分読んで理解できる内容だ。
前出の編集者が語る――「この『ベン・ハー』の章で、もうひとつ、目からウロコが落ちたのは、有名な戦車競走シーンの解説でした」
このシーンは、映画史に残る15分間として、あまりに有名だ。
「映画では、馬4頭立ての戦車が、ローマ帝国が支配する主要都市の数=9台登場し、死闘レースを繰り広げます。ところが本村解説によれば、当時の戦車は2頭立てが主流だったそうです。しかも9台は多すぎで、実際には四季を意味する〈緑・赤・青・白〉4台で争われていたそうです。また、周回回数も史実より増やされているとか。映画を面白くするために、様々なフィクションが盛り込まれていたのです」
本村教授は、大の競馬ファンでもある。『馬の世界史』(中公文庫)、『競馬の世界史 サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで』(中公新書)といった“専門書”も上梓している。それだけに並大抵の説得力ではない。
さて、ということは、「七人の侍」(黒澤明監督、1954)も、騎馬合戦シーンが有名なので、“馬”の視点で解説されるのか……と思いきや、ことはそう単純ではない。本文から引用する。
〈公権力が未発達な社会では、『七人の侍』の野武士に限らず、暴力によって他人の財産を奪う者が必ず現れます。そして、そうした者たちから命と財産を守るには、自力で戦うか、金銭で守ってくれる者を雇うしか方法はありません〉
そのあと、
〈実は、こうした治安の問題は古代ローマにもあり、公権力の発達がローマの発展と深く結びついていたことがわかっています〉
とつながって、若きカエサルが地中海で海賊に捕まった逸話が解説されるのだ。「七人の侍」で古代ローマ史を語ったのは、本村教授が世界で初めてだろう。
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