トライアウトが終わった後、妻が差し出した一冊のパンフレット…28歳で警視庁警察官採用試験に一発合格した元DeNA投手のいま

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「現役でいる間は、とことん野球に打ち込むべき」

 プロ野球の世界から離れて、すでに5年以上が経過した。四機入隊に伴い入部した警視庁野球部も現在は引退し、後進に道を譲っているが、大田の引退後も、同野球部には、元プロ野球選手、独立リーグ出身者3名を含む約30名の部員が在籍している。

「入部する前は同好会レベルというのか、“草野球より、ちょっとレベルが高い程度なのかな?”と思っていたんですけど、全然そんなことはなかったです。最初は肩が痛くて投げられなかったけど、手術をしたらかなり投げられるようになりました。自分は大学に行っていないので、大学生との練習試合も新鮮で楽しかったです。警視庁野球部の存在は、まだあまり知られていないので、もっと周知されるように努力して、“野球を続けながら仕事をしたい”という若者にも警視庁を目指してほしい。そんな思いもあります」

 幼い頃からプロ野球選手を目指して努力を重ねてきた。そんな自分が、30歳を前にして、まさか警察官になるとは思わなかった。まったく予期せぬ道を歩いている現在、大田は自らの道のりをどのように考えているのだろうか?

「結婚する前は、“どうやったら、ボールが速くなるのか?”“どうすれば勝てるのか?”と、ひたすら野球のことばかりを考えていました。でも、戦力外通告を受けてからは、自分の人生よりは家族の人生を考えるようになりました。だから、家族のことを考えたら、どんなにしんどいことがあっても耐えることができます。家族のために、目の前の仕事を一生懸命やるだけ。そんな思いに変わりましたね」

 大田がそうだったように、トライアウト会場には、警視庁野球部の担当者も駆けつける。今後も、彼のようにプロ野球の世界から警視庁へ転身する選手も増えてくるだろう。どんな人が、この職業に向いているのか? ひと足早く、警察官となった「先輩」に、「後輩」たちへのアドバイスを尋ねた。

「地域のおまわりさんの場合、本当に体力がいるのでスポーツ経験のある人は向いていると思います。それに、野球を通じて学んだ礼儀や人との関わり方も役に立ちました。身体も丈夫で、元気もある野球選手には向いていると思います」

 そう語った上で、「だけど……」と、大田は続けた。

「現役でいる間はとことん野球に打ち込んでほしいと、自分は思います。人によっては、“現役時代から、次の人生のことを考えた方がいい”という人もいます。でも、もしも自分がその考えでやっていたとしたら、ちょっと悔いが残ったと思います。だから、現役でいる間はとことん野球に集中して、とことんやり切ってみて、それでも戦力外通告を受けてしまったとしたら、その時点でキッパリ切り替えてみるのもいいんじゃないか、そう思います」

――大田さんは、すぐに切り替えることができたのですか?

 そんな質問を投げかけると、何の迷いもなく即答する。

「はい、切り替えることができました。自分には家族がいたので、切り替えざるを得ない状況でしたから……」

 それは、覚悟を決めた男の、力強い決意表明だった。

(文中敬称略)

前編【帝京高→DeNA→現在、警視庁第四機動隊員 元プロ野球選手・大田阿斗里さん(34)が語る野球人生】からのつづき

長谷川 晶一
1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。著書に『いつも、気づけば神宮に東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(双葉文庫)、『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)ほか多数。

デイリー新潮編集部

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