トライアウトが終わった後、妻が差し出した一冊のパンフレット…28歳で警視庁警察官採用試験に一発合格した元DeNA投手のいま
前編【帝京高→DeNA→現在、警視庁第四機動隊員 元プロ野球選手・大田阿斗里さん(34)が語る野球人生】からのつづき
引退後に異業種の世界に飛び込んだ人たちに「元プロ野球選手」という誇りとプライドは、どのような影響があるのか。ノンフィクションライター・長谷川晶一氏が、新たな人生をスタートさせた元プロ野球選手の今に迫る連載「異業種で生きる元プロ野球選手たち」。第4回は、横浜DeNAベイスターズとオリックス・バファローズで投手として活躍した大田阿斗里さん(34)。前編では、オリックス・バファローズから戦力外通告を受けたものの、トライアウト会場が思い出の甲子園球場だったことから参加。そこで手にしたパンフレットが第2の人生のきっかけとなったが……。(前後編の後編)
わずか1カ月半、独学で挑戦した警視庁警察官採用試験
甲子園球場で行われた2016年トライアウト。「自分に区切りをつけるために」受験した大田阿斗里は清々しい気持ちで、妻と子どもの待つ自宅に戻った。
「トライアウトから自宅に戻って、“1週間ぐらいは何もせずにだらけるから”と、妻には宣言しました。でも、あまりにもだらけすぎたせいか、“ちょっと、いい加減にしてくれない?”と叱られました(笑)。そして、一冊のパンフレットを差し出されて、“これを受けてみてくれない?”と言われたんです」
妻から差し出された「一冊のパンフレット」。そこには「警察官募集」と書かれていた。それは、甲子園球場でのトライアウトの際に各企業が用意していた人材募集のパンフレットの山から、大田自身が持参したうちの一つだった。
「トライアウト会場には、さまざまな企業の入社案内資料が置いてあったので、一応、すべて持って帰っていたんです。すると、数ある企業の中から、警視庁のパンフレットを差し出されました。自分の身の回りにも警察官はいませんでしたから、“えっ?”と驚きました」
どうして、大田夫人は警察官を勧めたのか? その理由はシンプルなものだった。
「妻が言うには、“子どもにもわかりやすい職業だし、子どもにとっては野球選手と同じぐらいカッコいい職業だから”ということでした。当時、息子は5歳、娘は2歳だったかな? 僕自身、すぐに“よし、警察官になろう!”とは思わなかったけど、いろいろな人の話を聞き、選択肢を模索しながら2週間ぐらい考えた結果、妻と相談して決めました」
こうして、大田は「警察官になろう」と決断する。当初は公務員試験専門の予備校に入学しようと考えた。しかし、採用試験まで1カ月半程度しかないのに、入学料、授業料が高額だったために独学で臨むことを決めた。プロ野球界を離れた今、無駄な支出はできるだけ抑えたかった。
「まずは参考書を買って、自宅マンションにあった自習室にこもって、ひたすら問題を解きました。受験には体力測定もあったけど、現役を辞めた直後だったので、その準備はせずにひたすらテスト対策をしました」
そして、見事に採用試験を突破する。筆記試験よりもむしろ、「あまりにも動いていなかったので、体力測定の腕立て伏せの方がしんどかった」と大田は笑う。晴れて、警視庁警察学校への入学が決まった。19歳の若者に交じって28歳での新たな旅立ちとなった。
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