「子供嫌い」の母による虐待殺人、介護疲れの妻が夫を30カ所以上刺した「老老介護殺人」 家族が密になってしまうことの恐ろしさ
マスメディアが取り上げる凶悪事件は、珍しさと扱いの大きさが比例する傾向にあるため、どうしても意外性のあるものや、理不尽さが際立つもののほうが目立つことになる。
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しかし、統計的に見た場合、殺人などの犯行はあまり目立たない「身内」「知人」によるものが多い。そして残念なことに、コロナ禍による影響はここでも見られるのだという。
誰もが心安らぐ場であって欲しいと願う「家庭」がなぜ「現場」へと変わってしまうのか。
ノンフィクション作家の石井光太氏は、「家族が密になってしまうこと」の難しさを指摘している。
(2021年5月19日配信の記事をもとに再構成しました)
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2020年の自殺者の内訳を見ると、女性が15%増の7025人。小学生から高校生までの若年層に至っては、25%増の499人が自ら命を絶っている。
ノンフィクション作家の石井光太氏は、女性や子供の自殺率が上昇した要因を次のように分析する(『近親殺人』より、以下引用は同書)。
〈家庭では家族が密になる時間が長くなったことで、劣悪な環境が深刻化し、家庭内暴力や児童虐待が起きやすい状況になったとされている。被害者の大半を占める女性や子供は、他に逃げ場所がなければ精神的に追いつめられていくだけだ〉
「密になった家族関係」「逃げられない弱者」――。「家」という限定された空間で、コロナ禍で加速した要因が悲劇を生んでいる、というのだ。そして今、同じ理由によりコロナ禍にあって危惧されているのが、家族が家族を殺める「家庭内殺人」の増加である。
もともと殺人事件は、親族内で発生する確率が高い犯罪だ。20年版「犯罪白書」によれば、19年に起きた日本国内874件の殺人のうち、54.3%は「親族」間で起きている。友人・知人など、加害者と被害者が「面識あり」の35.6%、「面識なし」の9.4%を大きく引き離す。その割合は、17年は49.4%、18年に51.0%、そして19年が54.3%だから、ここ数年、増加傾向が続いている。
そうした家庭内殺人の一つの形態が、「児童虐待(ネグレスト)の行きついた先」としての「子殺し」だ。同じ19年、殺人と認定された「児童虐待による死亡事件」は82件。うち父親等によるものが18件なのに対し、母親等が加害者となった事件は、その3倍以上の64件だった。特徴的なのは「父親等」には実父以外に「養父、継父、母親の内縁の夫」などが含まれているが、「母親等」はすべてが「実母」である点だ。
「子供が夫の愛情を独り占めしていた」ことが動機
先の石井光太氏による『近親殺人』は7つの「家庭内殺人」のレポートだが、ここで取り上げているのも、実母による虐待殺人。ある年末の夜、マンションの13階から5歳の息子を階下に放ったのは、34歳の母親だった。
女は取調室でこう語った。
〈子供は夫の愛情を独り占めしていました。子供なんていない方がいいと思い、窓から突き落としました〉
この母親は、もともと子供に関心が薄かった。妊娠直後から「子供嫌い」を宣言し、出産後にも育児放棄を続けていた。音信不通だった母親の自殺を知らされてから精神を病み始め、窃盗癖が悪化、万引きを繰り返すようになる。酒の量も加速度的に増えていき、制御できない感情の矛先は、小さな息子に向かっていった。
そしてとうとう、事件は起きた。ホテルのトイレで、母親は息子の首を絞め続けたのだった。発見されたとき、息子の顔は赤紫色に鬱血(うっけつ)し、下唇が切れて鮮血が流れていたという。ズボンは失禁で、ぐっしょり濡れていた。マンションの窓から息子を投げ捨てたのは、この6日後のことだった。
虐待は親子間で「連鎖」していくことが、従来から指摘されている。親から虐待された子は、さらにその子を虐待する、という負の連鎖。この事件の加害者の女もまた、幼少期から母と、母の内縁の夫によって虐待を受けていた。特に内縁の夫からの虐待は、激しい暴力を伴っていた。女は幼少期を振り返り、こう証言した。
〈あの人(母の内縁の夫)は私のことがとにかく嫌いだったみたいです。リビングですわっているだけで、文句を言われて首を絞められました。首を掴まれて宙に持ち上げられたこともあります。お酒を飲んでいる最中だと、中身が入っている缶ビールを投げつけられました〉
やがて虐待には、性的行為も加わっていった。
それから20年後の惨劇。女には懲役11年が下されている。
老老介護殺人という現実
ここ数年、時代を象徴する事件形態としてクローズアップされているのが、やはり「家庭内殺人」のひとつである「介護殺人」だ。18年版「犯罪白書」では、高齢者を65歳以上と定義、その上でこう解説している。
〈(親族殺の中でも、配偶者殺では)約5割は被害者が精神・身体のいずれか又は双方の障害を有し、約3割は被害者が要介護・寝たきりや認知症の状況にあり、犯行の背景に、将来悲観・自暴自棄、介護疲れや問題の抱え込みといった事情がある〉
この一文から見えてくるのは、「高齢の夫婦のどちらかが、介護を必要としている連れ合いを殺害する」という図式である。従来の「介護疲れの娘や息子の嫁」が要介護者(親)を殺める、のではない。浮かんでくるのは、「介護殺人」の中でもさらに厄介な、「老老介護殺人」という現実なのである。
先の『近親殺人』の中で石井氏がレポートしているのが、15年1月に千葉県で起きた「夫殺し」だった。77歳の元看護師の妻が、72歳の夫を全長34センチの柳葉包丁で刺殺。夫は「要介護4」、寝たきりの状態で、人の手を借りなければ生活が営めなかった。
妻を苦しめたのが、夫の〈脳出血による排尿障害〉だった。昼夜を問わず、15分ごとに、夫は激しい尿意を訴えた。夜中、トイレに連れて行っても、なかなか用が足せない。寝室に戻るやいなや、すぐにまた、夫の「トイレ!」という声で叩き起こされた。
妻は逮捕後、当時の苦しさをこう振り返っている。
〈気がつくと、私の心は自覚できるほど変になっていました。介護でちょっとしたことが起きただけで、動悸が激しくなって息ができなくなるんです。全身から汗が噴き出したり、手が震えたりということもあった。あれっと思っているうちに、だんだんと人と会って話をすることが難しくなりました。人を前にしても、笑うことも、泣くことも、悲しむこともできない。感情が死んでいたんです〉
夫の全身には30カ所以上の刺し傷
この事件では、夫の全身に30カ所以上の、包丁による刺し傷が残されていた。包丁は根元から曲がり、心臓や肺を貫通していた。
一般に、刺し傷の多さは、(1)被害者に対する恨み、あるいは、(2)必ず殺人を遂行するという決意、のどちらかの理由によるという。この妻の胸に去来した感情は、果してそれらの感情だったか。
裁判では「妻は介護で心身ともに疲れていた。うつ状態に陥って、無理心中しようと思い悩んでの衝動的犯行」と認定された。懲役3年、執行猶予5年が、彼女の量刑だった。
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