「松本人志」の沈黙で身動き取れない後輩芸人たち “同情論”を伝えた情報バラエティ番組の新しい論点とは
週刊文春が相次いで報道している松本人志さんの性暴力疑惑。これを「事実無根」とする松本さんは、第1弾の記事をめぐり発行元の文藝春秋を名誉棄損で提訴し、訂正記事と5億5000万円の損害賠償を求めている。週末に放送された情報バラエティ番組が相次いでこれを伝えたが、そこに「新しい論点」が示されていたので取り上げたい。【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】
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訓練を受けた記者たちが行政機関や政治家、捜査当局などを取材して制作する報道局のニュース番組などと比べると、情報バラエティは専門性を欠くスタッフが制作に携わるため、事実の確認が甘いことが少なくない。このため局内でも「軽く」見られてしまう傾向にある。しかし、時にニュース番組が見落としがちな提言を示すこともある。 1月28日のTBSとフジテレビが放送した情報バラエティがその典型だった。
まずTBS「アッコにおまかせ!」では、週刊文春が第1弾を伝えた直後に「当該事実は一切ない」とコメントを公表した吉本興業が、一転して「真摯に対応すべき問題」と発表したことを伝えていた。レギュラー出演者の菊地幸夫弁護士は、方針転換の背景を次のように解説した。
「(週刊文春から)第2弾、第3弾、第4弾が出てきて、全面否定はとても無理だろう。一定程度までは事実があって、これは認めざるを得ないんじゃないかと(中略)『当該事実は一切ない』で押しきれるものかどうなのか。最悪全面ではなくても、一審でも敗訴という可能性もあるのではないかという危惧を吉本興業側が抱いたという可能性はあると思います。(当初)全否定のコメントを出してしまったのというのは慎重さが足りなかった」
週刊文春は、性暴力疑惑の第4弾として被害を実名で告発する元タレント女性の証言を載せたが、裁判に与える影響について、松本さん側に不利だという見立てを菊地弁護士は披露した。
「松本さんが提訴した裁判の対象は週刊文春が報じた第1弾ということで、今回の第4弾は対象外。ただ今回は実名報道で、信ぴょう性としては一段レベルが上がるとその記事を評価される可能性は大いにあるので、第4弾の記事の信ぴょう性がアップされるということは、それと類似の第1弾の記事の信ぴょう性もまたアップする関係になる」
MCを務める和田アキ子さんも「(証言した女性は)ウソはつかないと思うんですよ。その実名で告発されたってことはね…(中略)どんどん(松本さんの側は)不利ですよね…」と述べていた。
そして和田さんは、松本さんの「飲み会」のセッティング役を務めたと報じられた「スピードワゴン」の小沢一敬さんについても言及した。和田さんはホリプロの所属で、小沢さんが所属するのはその系列会社のホリプロコムだ。 事務所は当初「(小沢さんの行動には)何ら恥じる点がない」というコメントを出したのだが、
「私、ものすごく怒ったんです。『なんてことを言うんだ』と…。被害を訴えている人がいるのに、そういうことを言うなら『でも被害にあったと感じられている方には申し訳ございません』とか(コメントに)足さないといけないと。ほんなら3日か4日して小沢の方から申し入れがあって『体力的にもダメ』と。で、当分の間、仕事は(活動自粛)とコロッと変わった感じするから。いま小沢もお医者さまに診てもらって、体調がけっこう大変なんですよ。だからいろんな人がこの問題に関して、(松本さんの)後輩が多いと思うんだけど…、難しいよね」
小沢さんが活動を自粛することになった結果、相方である井戸田潤さんもその余波で仕事がなくなったと伝えられた。後輩芸人たちにも影響が広がっているというこうした視点は、報道局のニュース番組ではまず見られない、新しいものだった。
番組では、松本さんに記者会見を開いてもらいたいと要望した梅沢富美男さんの発言も取り上げていた。たしかに、松本さんが表舞台に出てこない限り、取り沙汰される後輩芸人たちが先んじて釈明や説明をする機会は与えられにくく、どんな役割を担ったのか真相はわからない。ただ現実的に裁判を起こしてしまった以上は、記者会見が開かれる可能性はほとんどないわけである。裁判の決着には、最高裁まで進めば10年かかるとも言われている。後輩芸人たちは、弁明の機会も与えられずに仕事を失っていくという構図がある。
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