追悼「山根明会長」 メディアの袋叩きに遭った「歴史の男」が、一度だけ“涙”をこぼした理由 知られざる「山根おろし」の真相とは(スポーツライター・小林信也)

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日本選手に金メダルを獲らせたい

 騒動の際、テレビ出演など山根おろしの先頭に立っていたのは、再興する会の会長に推された鶴木良夫氏だ。いかにも好々爺然とし、眼差しのやわらかい鶴木氏と、強面の山根会長の対照が絶妙だった。善人・鶴木と悪役・山根。悪役ファンもいたが、世間は圧倒的に鶴木氏がボクシングへの愛を込めて語る未来像に心を寄せた。

 大半の視聴者が、山根辞任後は鶴木氏が新会長になると思っていただろう。ところが、新会長選出の過程で鶴木氏はすぐに外され、333人の賛同者の大半が、想定していなかった人物が会長候補に挙げられた。それが現会長の内田貞信氏である。その後の取材を総合すれば、山根おろしは当初から内田氏を会長に据えることを前提に計画されていたようだ。その考えを共有していたのは政権奪取を目論んだ一部当事者だけだ。鶴木氏も彼らに利用され、役割を果たすと冷酷に追われた。鶴木氏はいま連盟の要職にあるどころか、現体制から除名され、公式HPなどでも要注意人物扱いされている。

 騒動が起こった時、山根会長は謀反の企てに気づき、だからこそ、孤立無援の中で抵抗を続けたのだ。自己を正当化したい思いも当然あったろうが、それ以上に、邪な策略で自分に取って代わろうとする輩を許せなかった。山根会長には、「自分はお金や欲のためでなく、ひたすら日本選手に金メダルを獲らせたい、日本を強くしたい、ボクシングで勝って日本の誇りを示したい」、そうした純粋な情熱に突き動かされてきたとの強烈な自負がある。金や利権が目当ての半端な連中に、日本のボクシング界を譲るわけにいかない、その思いは後に山根会長自身から直接聞いた。

2時間以上厳しい口調で

 山根会長が世界で人脈を築き、権力を強めたのは、「ボクシング界ではそういう実力者のいる国に勝利が転がり込む」という、どうしようもない現実を見てきたからだ。善悪にかかわらず、それがボクシングの世界だった。「オリンピックで金メダルを獲るためには、選手が強いだけでは足りない。リング外の力関係も制圧することが前提だ」。そうした論理はあの騒動の中では理解してもらえなかった。世間はスポーツに公正・公平を求める。だが、長い指導者経験を通じて現実のカラクリを痛感した山根会長は、世界の「顔」になる道を志し、そのとおり国際舞台で一目置かれる「世界の山根」となり、ロンドン五輪では金メダル獲得を実現した。

 私自身、騒動の際、山根会長を非難する側のひとりだった。だが、騒動の後も取材を続け、山根おろしの背景に気づかされて強い自戒と自省の念に襲われ、大阪に山根会長を訪ねた。

「あなたがテレビで私をずっと批判していたのは見ていました」、会うなり山根会長はあの迫力で言い、それから2時間以上、厳しい口調でまくし立てた。その言葉のひとつひとつが、ボクシングへの愛と情熱に満ち溢れていた。夕刻になり、席を立った私に山根会長は「東京に帰るの?」と訊いた。「新幹線で帰ります」と答えると、「ちょっと待って」と言い、となりの駐車場に停めていた年代物のトヨタ・センチュリーで私を新大阪駅まで送ってくれた。

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