元不登校の通信制高校生たちが「ものすごい成長」を遂げた 「次の子が産みたくなる」奇跡の保育園で何が起こったのか

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“上手い下手”では評価しない園児たちの前で

 この夜、筆者は啓の自宅で話を聞かせてもらった。

 啓はこの日のコミュニケーションの授業を次のようにふり返った。

「今日の劇はうまくいったと思います。当日の欠席者も含めて5、6人が欠けたのに、あんなふうに話し合って、足りないところをフォローして、子供たちを興奮させるような演技をしたのには、正直感心しました。普段は目も合わせないような子たちが、あんなにやるなんて。ものすごい成長です」

 ホールに来た時、高校生たちは及び腰だった。だが、園児たちの合唱を聞いた途端に態度が一変した。あれは、意図して行ったことなのだろうか。

 それについて啓は話す。

「普段、高校生たちはみんな白けててバラバラなんです。だから、その気にさせる工夫が必要だった。それで子供たちの歌を聞かせようと思ったんです。子供たちが一所懸命に歌う純粋さって感動するじゃないですか。高校生にそれを味わってもらったら何かが変わるんじゃないかって思ったんです」

 コミュニケーションが苦手な高校生たちは、繊細であるがゆえに細かなことを考えすぎるきらいがある。失敗したり、嫌われたりすることを必要以上に恐れ、殻にこもるように自分を隠す。しかし、園児の真っ直ぐな歌声に感動したことで、彼らは殻から出なければならないと覚悟を決めた。そうしなければ、この子たちの心に届く演技はできない、と。

 啓は言う。

「観客が子供たちだったことも大きいでしょうね。子供って“上手い下手”では評価しないんですよ。懸命にやっている大人の姿を見て初めて興奮してすごいと思う。高校生たちもそれを感じたから、役になり切って全力で演じたんでしょう」

 高校生たちも、あれほどの子供たちのエネルギーを浴びれば、同じくらいの熱量で向き合わなければならないと思わざるをえなかったはずだ。合唱を聞き終えた時、全員が一斉にマスクを外したのは覚悟の表れだったのかもしれない。

子供たちのエネルギーを感じ、触れ合う場を

 啓は話す。

「コミュニケーションの授業では、作品を作り上げるプロセスを大切にしています。一作目の脚本を書いた子はゲームが大好きで、脚本はゲームからの引用がほとんどで、何を言いたいのかさっぱりわからなかった。でも、今回の二作目を書いた子は、園の子供たちにでもわかるシンプルな物語にし、他のメンバーと何度も話し合ってディテールをつめていった。メンバーも、観客の反応を想像し、こうしよう、ああしようと自分の意見を言う。このプロセスがコミュニケーション能力を高めていくことにもつながるのです。

 また、今回劇をした生徒だけでなく、欠席した子たちにも得るものはたくさんあったはずです。今日のためにいろんな準備をしたものの、当日になって足が動かず欠席してしまった、あるいは逃げ出したい衝動を抑えることができなかった。でも、これは一生懸命にやった結果ですから、きっと次につながるはずなのです」

 公演を休んだ高校生たちは、怠けたわけではない。まだ舞台に上がるだけの力がついていなかったから来られなかったのだ。いつかその力がつけば、かならず今日の経験を糧に舞台に上がる日が来るはずだ。それがコミュニケーションの授業で身につけていく力なのだろう。

 啓の言葉である。

「不登校の子も含めて今の子供はみんな大変だと思います。でも、そういう時こそ、うちの園みたいなところで子供たちのエネルギーを感じながら芝居をしたり、触れ合ったりすることって必要だと思うんです。僕は園長という立場だけど、うまく園を使ってそういう子たちの力になれたらいいなって思います」

 日本の学校は色んなゆがみによって窮屈なものになり、生徒たちは本心を隠してマウントを取り合っている。そんな時代だからこそ、本来の自分でいられる自由な空間や人間関係があることが重要なのだ。啓は、学童、不登校児の受け入れ、児童劇団、コミュニケーションの授業によって、園をそんな空間の一つにしたいと思っているのかもしれない。

――僕は不登校を卒業したけん!

 啓はあちらこちらからそんな声が聞こえてくることを誰よりも切実に願っているのだろう。

(敬称略)

前編【「もう一人産みたくなる」奇跡の保育園が、学童保育と劇団を運営する重要な意味】を読む

石井光太(いしいこうた)
作家。1977年東京都生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。2005年『物乞う仏陀』でデビュー。『遺体』『浮浪児1945-』『「鬼畜」の家』など著書多数。21年に『こどもホスピスの奇跡』で第20回新潮ドキュメント賞を受賞した。

デイリー新潮編集部

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