元不登校の通信制高校生たちが「ものすごい成長」を遂げた 「次の子が産みたくなる」奇跡の保育園で何が起こったのか
「今度は自分たちが劇を見せる」という覚悟
いつの間にか、高校生の一人が感極まって目に涙を浮かべていた。園児たちの一点の曇りもない目や、まっすぐな歌声が胸に突き刺さったにちがいない。他の高校生たちも一緒に口ずさんだり、手拍子をしたりしている。
合唱が終わると、わずかな静寂の後、高校生たちの大きな拍手がホールに鳴り響いた。園児たちは破顔してガッツポーズをする。
啓が騒ぎ出した園児たちをなだめて言う。
「今から劇の準備をします。みなさん、ちょっとだけ待っててください」
次の瞬間、高校生たちはマスクを外し、覚悟を決めたような表情になった。今度は自分たちが園児に劇を見せるんだという目つきだ。
短い時間の中で、高校生たちは途中で帰った生徒や当日欠席した生徒の穴埋めをどうするか話し合った。全員で意見を出し合い、その場で役や脚本を修正していく。ここに来てからほとんど顔を見て話すことがなかった彼らが、誰に言われるともなく上演に向かって動きはじめた。
休憩時間が終わり、いよいよ高校生の劇が幕を開けることになった。園児たちがすわっている前で、ピアノ演奏とわずかな小道具だけで役を演じなければならない。主役は戯曲を書いたポニーテールの女の子だ。
ストーリーは、森に暮らす様々な動物たちが音楽会を開催するという設定ではじまる。そこで輪の中に入れてもらえなかったオオカミが、楽器を盗んで音楽会の邪魔をする。他の動物たちは、そんなオオカミを捕まえ、なんでそんなことをするのかと問い詰めると、オオカミは「僕も音楽隊に入りたかった」と胸中を吐露する。動物たちはそれを聞き、オオカミを仲間に入れてあげることにする。
いたってシンプルな物語だが、これまで他人と共同作業をした経験の乏しい生徒たちが一から劇を作るだけでなく、突然のトラブルを受けて内容を微調整し、それに合わせた演技をするのは簡単なことではない。それに、オオカミの「寂しかった」「仲間になりたかった」「一緒にうたおう」という台詞を聞いていると、彼らの小中学生時代の苦労と重ねずにいられなかった。
終演後、高校生たちに駆け寄った園児たち
高校生たちの迫真の演技がはじまると、園児たちは息を飲んで見入った。高校生たちが役に入り込む姿に目を奪われたのだ。物語が進むにつれ、夢中になった園児たちの間から「危ない!」「がんばれ!」「逃げろ!」などの声が飛び交うようになる。高校生がアドリブでおかしなことを言うと、お腹を抱えて笑い転げる。ホールが盛り上がるたびに、高校生たちの演技も鬼気迫るものになっていく。観客と一体化して演劇ができ上っていくプロセスを見ているようだった。
劇のラスト、動物たちが森で音楽会を開催するシーン。高校生たちが一カ所に集まり、ドイツ民謡の『やまのおんがくか』をうたう。子供たちも手拍子をし、一緒にうたいだす。やがて歌が終わって幕が閉じると、子供や職員みんなが総立ちになり、大きな拍手を送った。
無事に劇が終わったことで、後方で立って見ていた啓がほっと胸をなで下ろした。すでに予定の時間を大幅に過ぎている。園児をもどし、高校生に帰りの準備をさせなければならない。
次の瞬間、予想もしなかったことが起きた。高校生たちが汗を拭きながら現れると、園児たちが一斉に駆け寄っていったのだ。園児たちはすっかり高校生のファンになったらしく、登場人物の真似をしたり、同じ歌をうたったり、手を引っ張って感動を伝えたりしている。いてもたってもいられなくなったのだろう。
高校生たちはお兄さん、お姉さんの顔になり、園児たちの質問を答えたり、ラストの歌をもう一度うたってみせたりする。一緒にじゃれ合っている者もいる。そうした様子から、高校生たちが大きな自信と達成感を手にしたことがつたわってきた。
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