「もう一人産みたくなる」奇跡の保育園が、学童保育と劇団を運営する重要な意味

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普段は何もしゃべらないような子も別人に

 劇団のメンバーは、毎年9月に卒園生を中心に声をかけて募集をしている。応募者は、学童の小学生から中高生になった卒園生まで様々だ。年によって違いはあるが、40~70人ほどのメンバーが集まり、2~3カ月にわたって練習を重ね、1月に劇場を借りて公演する。小道具、照明、音響など裏方は園の職員と保護者が担当する。

 啓は次のように話す。

「僕がそうだったからわかるんですが、普段は何もしゃべらないような子も、演劇をすると別人になってキラキラすることがよくあるんです。だからその場所や機会を作り、それを通して成長してもらいたいって思う」

 このような取り組みからわかるように、園は卒園した子供たちとのつながりを大切にしている。だから、子供たちは中学生や高校生になっても遊びにやってくるし、節目節目の行事も用意されている。

 さらに子供たちが10歳(小学4年)になる年には、保護者と子供たちとで「2分の1成人式」が開かれ、パーティーが催される。中学入学、高校入学、そして成人式にも子供たちがお互いに声をかけてもどってきて先生に現状報告したり、園児たちと遊んだりする。園児たちもまた「おかえり、先輩!」と歓迎する。子供たちにとっては、ずっと“第二の実家”として心に残りつづけているのだろう。

 やまなみこども園で育った子供たちの多くは、心が震えるような貴重な体験をつみ重ねることで五感を磨き、自分の意思で何かに取り組む精神力を身につけている。数年の保育でここまで子供たちが成長するのかと感動するほどだ。

学校に足が向かなくなった優等生

 だが、すべての子供たちが順調に学生時代を過ごすわけではない。中には学校に行けなくなってしまう子もいる。だが、園はそんな子供たちの受け皿も作っている。

 不登校になった卒園生2人のケースを紹介しよう。

〇木下結菜(仮名)

 教師の親のもとで、結菜は長女として生まれ育った。親は教育に熱心だったものの、園の伸び伸びとした空気の中ではそれなりに自由に過ごすことができていた。

 ところが、小学校の学力重視の環境に放り込まれたことで状況が変わる。結菜は親の期待に応えようと、塾に通って必死に勉強し、学校でトップクラスの成績を収めた。周りからは優秀な生徒と見られ、彼女自身もそう振舞った。

 そんな結菜が突然学校へ行けなくなったのは、小学6年生の時だった。成績とプライドが高くなったことで、教室で浮いた存在になってしまったのだ。このため他の生徒たちと過ごすことに苦しさを感じるようになり、学校に足が向かなくなったのである。

 当時の園長だった道枝は、結菜の親から相談を受けて言った。

「学校に行けないで家にいるなら、うちに来ればいいんじゃない?」

 家の外に出た方が気持ちが晴れると思ったからだ。

 それから毎日、結菜は園にやってくるようになった。園の二階には、職員用の事務室がある。彼女は玄関から入ると、騒いでいる子供たちには見向きもせず、そのまま階段を上って事務所に入って閉じこもった。時々勉強したり、本を読んだりしているのだが、職員がやってくると呼び止め、取り留めのない話をした。

 彼女が子供と距離を置き、大人の職員とばかり接していたのはなぜなのか。小学校で成績優秀だった彼女は誰よりも意識が高く、「吹きこぼれ」のような状態に陥っていた。彼女は職員という一段高い“大人の輪”に身を置くことで楽になろうとしたのではないだろうか。数カ月にわたって園でそんな時間を過ごすことで、彼女は少しずつ精神状態を安定させ、学校へ復帰できるようになったという。

 小学校を卒業した後、結菜は受験をし、家族と離れて海外の中学校へ留学した。家を離れた背景には、親からのプレッシャーから逃れたいという思いもあったのかもしれない。

 とはいえ、留学したらしたで、今度は優秀なクラスメイトたちと熾烈な競争をくり広げなければならない。それは小学校時代とは違ったプレッシャーとなった。彼女は1学期が終わって夏休みに帰国すると、フラッと園にやってきて、啓が毎日引率している水遊びに参加するようになった。

 年頃の女の子であれば、水着になって年下の子と遊ぶなんて嫌がりそうなものだ。だが、海外の中学校での生活に疲弊していた彼女は、今度は“子供の輪”に身を置くことで楽になりたいと思っていたのではないだろうか。園児と毎日のように思い切り水遊びをすることで、子供としての自分を生きて“心のバランス”を保っていたのかもしれない。

 二学期がはじまると、結菜はすっきりとした表情になり、「冬休みにまた遊びに来るけん」と言い残して留学先へと帰っていった。

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