北海道に行ったことがないのに始まった…漫画「クマ撃ちの女」 連載5年、取材写真で振り返る猟師のリアル

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イノシシの解体はカッターで

 作品のリアリティを支えているのが、こうした「人」への取材だ。現在は、協力してくれている猟師らを含めた専用のLINEグループを作り、疑問が生じた際には逐一意見を求めている。プロットの段階でチェックを受けることもあるそうだ。

 人脈づくりのきっかけになったのは、主人公と同じ「女性ハンター」だった。

「連載をはじめるにあたり、地元の隣の足助町(あすけちょう)に女性のハンターの方がいると聞き会いに行ったんです。ジビエ料理を出す『山里カフェMui』のオーナー・清水潤子さんです。何も予備知識がないままお邪魔したので緊張したのですが、その日、ちょうどイノシシの解体をしていて、手伝わせてもらいました。カッターナイフで作業を進めていたのが印象的でした。“力士の手術だって小さいメスでやるんだから”と猟師の方はいいますね。田舎育ちとはいえ大きな動物の死骸に接したことはなかったですから、解体現場は衝撃でした。もともと動物好きでしたし、『こういうものなのか……』と納得した記憶があります」

 清水さんに漫画の相談をしたことがきっかけで、人脈はひろがっていった。この人面白いよ、と教えてもらった佐藤一博さんは、埼玉県でライフル銃などの修理販売を行う豊和精機製作所の社長だ。会いに行くと15万円くらいするモデルガンをその場でプレゼントしてくれたうえ、漫画の監修も請け負ってくれることになった。

 さらに佐藤さんからは、北海道の鉄砲店「シューティングサプライ」と「ハンティングネット」を紹介され、電話で取材が可能になった。主人公のチアキが山に入った装備の詳細や、師匠から譲り受けた「ウィンチェスターM70プレ64」をはじめとした、作中の銃のディテールはこうした取材のたまものだ。

ヒグマに襲われてアゴが取れかけた現場

 はじめて北海道を訪れたのは18年の12月だった。

「2泊3日の弾丸旅行で、レンタカーを借りて山に行き、資料写真を撮ろうと考えていました。ところが免許証を東京に忘れてしまい……レンタサイクルを借りて『シューティングサプライ』を訪れたら、社長の山口円さんが運転手を買って出てくれたんです 。狩猟現場に連れてくださって、猟師がヒグマに襲われ、アゴが取れかけるも助かった場所などに連れて行ってもらいました。また実際に猟をしているところにもたまたま遭遇できました。鹿を狙っていたのですが、猟銃を撃つと地面の草が波形に揺れるんです。収穫でした」

 翌年の1月から連載は始まったが、この時に撮影した写真を作画資料に連載開始からの1年間を乗り切った、と振り返る。当時は「ボロいコンデジとアイフォン」が取材のお供だったというが、今は一眼レフカメラとゴープロを導入している。それでも東京に居ながら北海道の物語を描くには障壁が あり、一時はいっそ拠点を北海道に移すことも考えた。これまで7回ほど現地を訪れた。

「やはり地元の人にしかわからない知見というのがありますね。たとえば、次の展開で『巻き狩り』(複数人で獲物を包囲して追い詰め行う狩り)を描こうと考えていたとき。ほかの地域では季節を問わずに行うものなのですが、北海道では冬しかやらないらしいんです。北海道では熊笹が生い茂っているため、雪でつぶれて見通しが良くならないと山に入れない。猟師さんからこれを聞いて『まずい』と。作中の季節を冬にするため、ライターの伊藤を一時的に東京に帰らせ、時期を調整しました(笑)」

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