【追悼】南部虎弾さんは「健康」よりも「電撃」を選んだ… 私が見たパフォーマー魂
過激なパフォーマンスで世界的な人気を誇る電撃ネットワークのリーダー、南部虎弾(なんぶ・とらた=本名・佐藤道彦)さんが、1月20日午後11時55分に脳卒中のため都内の病院で死去した。72歳だった。
南部さんが糖尿病を患っていたのは知られたことだった。19年6月には肝臓移植手術を受けた。この時、南部さんは「糖尿病の悪化が原因」と言い「令和の最初がステージではなく、手術台で体を張ることだとは夢にも思っていなかった」と苦笑いしていたが、本心は心細かったに違いない。
それにしても、これほど悪化するまで何故、放っておいたのか? 生前の南部さんには幾度となく聞いたが、結局は、キャラクターに逆らうことが出来なかったのかもしれない。
「明け方にはラーメン、スープは飲み干し……」
南部さんが自らの糖尿病に気づいたのは今から十数年前のことだったようだ。時期的には丁度、「電撃」メンバーの1人だった三五十五(さんごじゅうご=15年3月3日死去)さんが肺がんのため闘病していた頃のことだった。
「骨髄炎で左足が壊死状態になって……病院で検査を受けたところ糖尿病が原因だと診断された」
その症状は「あわや切断の寸前だった」らしいが、南部さんによると「フットケアの専門医のおかげで最悪の事態は免れた」と言う。
「確かに不摂生な生活だったからね。毎晩毎晩、酒を飲み歩いて、明け方にはラーメンばかり食べていた。しかも、スープは全部飲み干していたし……。正直なところ健康のことなんて全く考えていなかった」
グループを引っ張っていくリーダーとして、夜の付き合いは避けて通れなかったのだろう。よく、深夜近くに、ほろ酔いの南部さんと六本木で出会ったこともあった。
「もちろん、今になったら反省はしていますよ。女房にもえらく怒られましたからね」
それが本音だったのだろうか。とは言っても、無茶苦茶な生活だったことは言うまでもない。
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