なぜ日本人は「あの時は仕方がなかった」が好きなのか? 過去の反省よりも正当化に走る「鮫島伝次郎」話法とは

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避難所は高齢者が多いから配慮しろ

 そしてコロナである。2020年の春~初夏の段階で「日本ではそこまで恐れる必要がないウイルスでは」といったことを私は述べていた。そして、空気感染であることが分かった2021年にはマスクも不要であることは明白だった。しかし、マスクや県をまたぐ移動自粛を含めた感染対策への疑問を呈すると「公衆衛生の敵だ!」「バイオテロリストは外に出るな!」とSNSで猛烈な批判を浴びた。

 また、コロナ騒動中、陽性となった妊婦は帝王切開での出産を強制させられた。「同意書にサインしないのであれば別の病院へ行け」と言われたわけだが、なぜ「自然分娩だとスタッフや同院にいる患者が危険に晒されるのだ?」ということに科学的合理性はなかった。諸外国もそんなルールは作らなかった。出産許可の引き換えに腹にメスを入れるという判断をした病院が存在したわけだ。

 そして今、産婦人科医を含めた医者連中は「当時は感染対策で必死だったし、感染力の強さもよくわからなかったので最大限の考えとして帝王切開をしたことは批判しないでほしい」的なことを言いだした。いや、オミクロン株以降、そこまで危険なウイルスでなかったのは分かっていただろう。ただ単に「最大限の努力はした」「当時の見識では仕方がなかった」で自身の人権侵害の対応を正当化しようとしているのである。これは絶対に許してはならない。

 そんな貴殿らは今、マスクをシレっと外していますわね? さらに、旅行もしまくってるでしょ? 貴殿らが好きな言葉に「五類になってもウイルスの性質は変わらない。だから、気を緩めてはいけないしマスク着用を継続し、ブースター接種もすべき」というものがあった。だが、世間の流れはマスクを捨て、追加接種を避ける空気感になっている。

 そんな2024年1月、能登半島地震を契機に「避難所にマスクをしないで入るな!」的発言が盛り上がることとなった。再びコロナ脳が息を吹き返したのだ。元々「病院は高齢者や免疫が低下している人がいるから来院者はそうした人々に配慮しマスクをしろ」的空気感はあった。そこに加えて「避難所は高齢者が多いから配慮しろ」的な主張がまかり通るようになったところ、メディアがマスクをしないで被災地に行くと非難轟々になったのである。

後出しジャンケンだ

 2022年、マスク着用率&ブースター接種回数で世界トップクラスの日本は、10週間連続で世界最多陽性者数を更新し続けた後、7週間も世界一の陽性者数となった。実数で17週間、日本は世界の頂点に君臨したのである。マスクもワクチンも自然現象の前には無力だったのだ。

 2022年2月、欧米各国は空気感染であることからマスクを含めた各種感染対策を解除し、ブースター接種も推奨しなくなった。しかし日本は、それから1年3カ月、2023年5月8日に新型コロナウイルスの感染症法上の五類化されるまでマスクもワクチンも推奨し続けた。

 もはや引っ込みがつかなくなったのだ。そして、気温が高くなってマスクを外す人が増えた夏以降、都会を中心になし崩し的にマスクをしない人が多数派に。いわゆる「秋接種」(7回目)の接種率が10%台と低迷する中、「あのさ、マスクもワクチンも別にいらなかったんじゃないか?」とこの3年半にのぼる主張を我々がすると「後出しジャンケンだ!」という批判が寄せられるのである。

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