内閣危機管理トップの「欠勤問題」で「やっぱり東京にいなかったのでは」 能登地震での不在理由がいまだに詮索される理由

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「入院中」と説明

 1月1日に発生した石川県能登地方を震源とする地震への対応をめぐって、村田隆内閣危機管理監が官邸に出勤していなかったことについては、すでにお伝えした通りである(【関連記事】能登地震発生時に「危機管理のトップが入院、不在」が呼ぶ不審と憶測)。3日には出勤し、岸田文雄首相との会議をこなしているが、不在の理由とされた「入院」についてはいまだに首をかしげる面々が多く、「そもそも東京にいなかったのではないか」との説も浮上しているとされる。

 内閣危機管理監は危機管理のトップで、過去9人の危機管理監はいずれも警察キャリア出身。このうち7人が警視総監、2人が警察庁警備局長の経験者だ。

 現在の危機管理監である村田氏は警備局長として警察キャリアを終えている。その経歴をおさらいしておこう。

 入庁は1984年。大阪府警刑事部長、沖縄県警本部長、警察庁警備局警備企画課長、警視庁刑事部長、警察庁長官官房総括審議官、大阪府警本部長、警察庁警備局長を歴任して退官。フィンランド大使を務めた後、2022年1月から危機管理監に就任した。

やりたがる人はあんまりいない

 現在の官僚組織のトップ・栗生俊一官房副長官は3期上、安倍晋三元首相の銃撃を受けて引責辞任した中村格前警察庁長官やその後を受けた露木康浩警察庁長官は2期下の関係だ。

「危機管理監の仕事は至急の連絡も多く、携帯電話などが手放せず、プレッシャーの多い仕事です。官邸すぐ近くの官舎に住むことを義務付けられ、重大な事件や事故などが発生した場合に備えて、20~30分以内に駆けつけられる場所にいるように行動が規制されているようです」

 と、政治部デスク。

「したがって、数時間にわたって電波が届かない場所にいたり、都内中心部から離れたりすることは基本的にご法度とされています。事前に申請していれば話は別ですが。“カゴの中の鳥のような状況で自由がきかず、民間企業の顧問も受けられず、やりがたる人はあんまりいない”と聞いたことがあります」(同)

 自由な行動がままならない生活の中で、警察キャリア出身者として日本の治安維持に粉骨砕身するという使命感が危機管理監を支えているということなのかもしれない。

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