「国が補助すればするほど農業の成長が阻まれる」 元農水次官が明かす“自民党とJAの風見鶏”と化した農政の実態

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農水省の約8000人を擁する出先機関・農政局はいらない

 奥原さんは、都道府県には県内の市町村が同じ方向に向かって進んでいるか、全体を俯瞰しつつ束ねる役割があるという。ただ現実はと言うと、都道府県は農水省と市町村の中間に位置するために業務の内容が両者と重なっていたり、農水省の事業を下請けとなって実施することが多かったりすることもあって、当事者としての意識を欠いてしまいがちだ。

 さらに、知事選で支持を取り付ける必要から、JAの意向の影響も受けやすい。

 JAは、零細な農家の代弁者となりがちだ。なぜなら、農家の経営が大きくなるほど独自に販路を築き、JAを通じた出荷を離れていく傾向があるから。それだけに、零細な農家が離農しないで済むよう、補助金や農産物価格のつり上げを熱心に求めがちである。法人化しているような大規模な農家を成長させていく視点は、どうしても乏しくなる。

「ほとんどの県の農政は、知事選との関係もあってJAべったりですよ。実際に地域農業を牽引するようになっている法人経営をはじめとする規模の大きい人たちにも目を向けて、その人たちの経営が発展するように仕事を変えてもらえれば、県の農業政策もかなり前向きに変わるかもしれない。けれども、いまはそうなっていません」

 なお、農水省は基本的に地域ごとに出先機関として“農政局”を、都府県ごとに“拠点”を置き、約8000人の職員を配置している。奥原さんはこれらの出先機関について「現状は、本省がやるには面倒なことを地域単位でまとめているに過ぎず、ほとんど独自の存在意義は示せていない。やる気のある農家は、直接本省を訪れて情報収集したり、意見交換したりしている」と話す。

「ちばらぎ」千葉VS茨城の熾烈な競争は茨城に軍配

「ちばらぎ」あるいは「ちばらき」。これは千葉と茨城という東京からみると田舎の両県をひとくくりに呼ぶ俗称だ。両県は利根川を挟んで結びつきが強い一方で、ライバルでもある。農業でいうと、農業産出額において長年、激しい順位争いを繰り広げてきた。

 それが2010年台に入ってからは、茨城の優勢が確定する。17年以降は3位茨城、4位千葉で固定していた。それが21年に、3位茨城は変わらぬまま、千葉が6位に転落してしまう。

 千葉市には、国内で最初にして最大の食品工業地帯「千葉食品コンビナート」がある。膨大な農産物の需要が足元にあるわけだ。ところが、中食をはじめとする業務用への対応は茨城が進んでいて、千葉は出遅れている。

「千葉は本来、『大農業県』なんですよ。能力を十分に発揮すれば、茨城を凌駕することができるはずだし、両県が前向きな政策競争をしていけば日本の農業の発展を牽引していけるかもしれません。けれど千葉県庁は、『第二東京都庁』といった意識が強く、以前は農業関係の補助金を活用することにも消極的でした」

 やる気のある農家は多いものの、全体の底上げが進みにくく、茨城に後れをとっている――。奥原さんはこう分析する。

「予算額がどうということよりも、県庁の農業に対する姿勢の方が影響しています」

 煎じ詰めると、その県の農業が発展するかどうかは、優れた農家がいるか、そして農家を支える意欲の高い県職員がいるかということになる。

 本稿では奥原さんという元行政官の目線を通して、都道府県の農政を分析してきた。次回は、農家の目に都道府県の農政がどう映っているのか紹介したい。

山口亮子
愛媛県生まれ。ジャーナリスト。京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。時事通信記者を経てフリー。執筆テーマは農業や中国。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。2024年1月に、『日本一の農業県はどこか―農業の通信簿―』(新潮新書)を上梓。共著に『誰が農業を殺すのか』(新潮新書、2022年)、『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書、2023年)など。

デイリー新潮編集部

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