師匠からは「チャド、今日は負けてもしょうがないよ」 曙にとって“特別な相撲”になった一番とは

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「ハワイのオヤジの顔に泥は塗れない」

 3月の春場所、一番出世を果たしたチャドは、翌月東京に戻ると、新弟子が相撲の基本を学ぶ、相撲教習所に通い始めた。同期生は、若貴兄弟、魁皇(のち大関)、力櫻(のちプロレスラー)ら、そうそうたるメンバーだ。バスケで鍛えた体が自慢のチャドだったが、相撲に関しての知識はゼロ。四股や股割り、テッポウなど、相撲の基礎をイチから教わった。

 その時点で、若貴兄弟は別格だった。チャドら普通の新弟子が教わるべきことは、すでに習得済み。それどころか、教習所の指導員(現役の幕下力士)と互角に相撲を取っていたのである。

「彼らはモンスターだな……」

 同じ新弟子でありながら、スタートラインがまるで違うことを思い知らされたチャドは、考えを改めた。

「とにかく一生懸命やろう。思った以上に相撲は大変そうだけど、途中で放り投げるようなことだけはできない。ハワイのオヤジの顔に泥は塗れない」

 足が長いチャドは、四段をマスターするのにも時間がかかった。そして、初めて序ノ口の番付に載った夏場所六日目、あの貴花田と初対戦の日がやってきた。

「師匠を信じてついていこう」と心に決めた瞬間

 チャドは奮い立った。

「場所に行く前、師匠に言われたんです。『チャド、今日は負けてもしょうがないよ。相手はちっちゃい時から相撲を取っているんだから、せいぜいがんばりなさい』って。でも、僕は『負けたら部屋に戻れない』くらいの覚悟でした。結果は、僕の勝利。早くこの勝利を師匠に知らせようと、走って部屋に帰ると、一新弟子の僕を、師匠は玄関で出迎えてくれました。

 僕が勝ったことを、電話連絡で知っていたんですね。僕が挨拶をする前に、ギュッと抱きしめて、『おまえ、勝っただろう、勝っただろう』って、誉めてくれた。その時のうれしさと言ったら、格別でした。『師匠を信じてついていこう』と心に決めた瞬間でした」

 チャドにとって、この貴花田戦は特別な相撲となった。

 チャドの猛稽古が始まった。

 若貴兄弟はものすごい勢いで番付を上げていく。そしてチャドも、1年後には幕下に昇進したが、貴花田は初土俵からわずか1年半、17歳2カ月で十両に昇進。そして平成2年春場所、チャドも若花田と同時に十両に昇進する。

 関取と呼ばれ、月給が出るようになり、付け人も付いた。ハワイの両親に仕送りもできる。しかし、浮かれた気持ちは一週間で吹き飛んだ。なぜなら、この時すでに貴花田は、新入幕にリーチがかかっていたからだ。「あの2人にだけは、負けられない」チャドの負けじ魂は、さらにヒートアップしていた。

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