鷹ファンは安堵も…そもそも西武がソフトバンクの大功労者・和田毅投手を狙った本当の理由
ベテランは背中で見せる
「まさか本気だったとは思いませんでした」
というのは、西武を取材する在京メディア関係者。
「昨年、山川のソフトバンク移籍が発表になった後、西武の複数の球団スタッフと話をしました。その時点で、金銭ではなく人的補償を考えていることに加え、“ソフトバンクにとって象徴となるような選手がいたら、遠慮なく獲りに行くよ”と語ったスタッフがいたのです。その時点では山川が抜けた後だけに、攻撃力を補填するなら野手だろうと思っていました。象徴となる選手なんて言われても、ピンときませんでしたね。ところが、チームにとって功労者である和田ですからね」
いわゆる「松坂世代」の和田は、島根県立浜田高校で97、98年夏の甲子園出場。早稲田大学に進み、東京六大学野球リーグで江川卓氏(法大)の持っていた奪三振(443)を抜き、現在も歴代1位の476奪三振を記録している。02年、ダイエーに入団。翌年、14勝で新人王。10年には最多勝、MVP、ベストナイン。04年アテネ五輪、06年WBC、08年北京五輪で日本代表に。日米通算成績は163勝92敗。
「山川を獲られ、何とか意地を見せたかったとか、大物を獲ってやり返してやったとか、色々な見方があると思いますが、西武が和田を獲ろうとした 真の目的は、“内海効果”を狙ってのものだと思います」(同)
今季から就任する阿部慎之助監督(44)のもとで巨人1軍ピッチングコーチを務める内海哲也氏(41)は、2018年12月、炭谷銀仁朗(36)の人的補償で巨人から西武へ入団した。移籍後もケガや不調に悩まされ、2軍生活が長く、成績は残せなかったものの、投手陣に与えた影響は大きかったという。
「誰よりも早く2軍球場入りして、準備運動で汗を流し、基礎練習からみっちりやる。その背中を見た若手も影響を受け、2軍の雰囲気がガラリと変わったそうです。トレーニングやピッチングに関してのアドバイスも積極的に行いました。22年に引退後は、ファーム投手コーチに就任しましたが、昨年の阿部新監督からの要請に、西武が快く送り出したのも、内海に感謝しているからです」(同)
和田には、1軍ローテーションはもちろん、こうした若手への指導・助言役も大いに期待されていたというのだ。
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