「俺が23、向こうが21の時に結婚して…こんなふうになるとは」 能登半島地震の震源地で愛妻を失った夫の慟哭

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「遺体は公民館に安置」

 地震の2日後、現場で捜索活動にあたる自衛隊に、妻がいたと思われる場所を伝えた。

「崩れた家の2階部分に穴を開けて下に掘り進めてくれて、午後2時半ごろに見つかったと連絡を受けた」

 それからさらに2日が過ぎた5日の時点でも、

「遺体は公民館に安置してある。早いこと火葬に連れて行ってもらわにゃ。でも検視する人もまだ来とらんみたい。携帯もつながらないから、子供たちともなかなか連絡が取れんしな」

 あき子さんは子供や孫たちが来るのを心待ちにしていたという。

「俺が23、向こうが21の時に結婚して……こんなふうになるとは思わなかった。孫は就職したり、大学院に行ったり。そんな進路の話を聞くのをずいぶん楽しみにしていた。妻は和太鼓が趣味で、地域のお祭りでもよくたたいて周りを楽しませていた。かわいそうなことになった。今も家に帰れる時は帰って、妻の遺品を掘り起こしている。アルバムとか、妻が保育士をしていた時の服とか……」

 1月10日発売の「週刊新潮」では、“生と死”の境目に立たされた人たちの肉声や、南海トラフ地震との関係性など、能登半島地震を8ページにわたって詳しく報じる。

「週刊新潮」2024年1月18日号

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週刊新潮 2024年1月18日号掲載

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