波紋を呼ぶ元外事警察官の新著…在外公館のスパイを把握する外務省「プロトコール・オフィス」の実態が明らかに

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街に潜むNOCスパイ

 外務省のプロトコール・オフィスのルールに話を戻すが、相手国政府に通告をするルールは諸外国でも同じ。当然ながら、日本政府は赴任している警察職員や、国内情報機関の職員の名前や所属について相手国に通告しているケースが多い。中国やロシアですら、日本と相互主義で情報を伝えてルールを守っている(中国については、少し前までこれに応じていなかった。詳細については前掲書に譲る)。

 ただ日本以外の国にはスパイ活動を摘発する法律があり、皮肉なことに、情報活動が厳しく制限されることになる。法律が各国スパイへの抑止力にもなっているのだ。また、これは日本側の事情だが、日本には対外諜報機関が存在しないために、国外での情報活動は法的根拠がないので基本的にはスパイ活動ができない。

 例えばアメリカでは、国内の防諜を担当するFBI(連邦捜査局)が、ほとんどの大使館の諜報員を把握している。しかし、彼らの協力者であるスパイに関しても所要の捜査を行っているが、すべてを把握できているわけではない。ただ、日本と違うのは、アメリカではロビー活動など、外国政府の利益のために働く人や組織は、その国籍を問わず、司法省の「外国代理人登録法」に基づき、登録する必要がある。

 登録せずに外国政府のために働けば、それはスパイ行為とみなされ、監視・取締りの対象となる。これにより、不穏な外国勢力の動きを管理し、不法に活動するスパイを牽制することができるのである。

 それでも、アメリカでは無数のスパイが暗躍している現実がある。あるG7諸国の諜報員は、こう言う。

「各国から赴任してくるスパイは多くの場合、大使館を拠点にするが、それだけではない。例えば、NOC(ノン・オフィシャル・カバー=外交官ではない肩書き)で活動するスパイもいる。NOCには、一般人のような顔をして長く日本に滞在して潜伏している工作員もいれば、一般企業や団体に紛れて何食わぬ顔でスパイ活動をするスパイもいる。そうなると政府も把握できない」

 もっとも、先進国の中でも、日本に諜報員を送り込んでいない国もある。その場合、当然ながら「儀典官室」に通告はしない。だが筆者が知る限り、公式には諜報員を送り込んでいないことになっているが、実際には密かに「関係者」が赴任している国もある。

 珍しい例として、民間に潜り込んで、スパイ活動をするケース。意外なところでは、神奈川県の米軍基地の近くにあるクリーニング店の中国系関係者は、クリーニングの依頼などから、米軍の動きについて中国のために情報収集をしていた。外国なら、セクシーダンサーや映画プロデューサーに監督、あるいは街の大人向けショップの女性店主がスパイだったケースもあった。

 外交官を装う諜報員について通告する相互主義のルールは、スパイを牽制するのに有効になるが、日本ではそうではない。スパイ防止法など、スパイ行為を摘発する法律を制定しないと国家存続の危機に関わるといっても過言ではないのだ。

山田敏弘
国際ジャーナリスト、米マサチューセッツ工科大学(MIT)元フェロー。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などに勤務後、MITを経てフリー。著書に『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など。数多くの雑誌・ウェブメディアなどで執筆し、テレビ・ラジオでも活躍中。

デイリー新潮編集部

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