「短命横綱」の声を跳ね除け30歳で円熟期 千代の富士を「ウルフ」に生まれ変わらせた名大関のひと言
2016年夏、日本に衝撃を与えた九重親方(13代、元横綱千代の富士)の訃報。相撲ファンならずとも、土俵で躍動する若き「ウルフ」の姿を思い出した人は多いだろう。「昭和最後の一番」で連勝記録が途絶えるといったエピソードから、時代の象徴として語られる機会も多い。若手の頃は脱臼を繰り返していたという細身の力士が、一体なぜウルフに生まれ変わったのか? ※武田葉月『大相撲 想い出の名力士たち』(2015年・双葉文庫)から一部を再編集
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千代の富士、敗れる!
昭和63年九州場所千秋楽。
横綱・千代の富士は、すでに前日、大関・旭富士に勝ち、4連覇と26回目の優勝を決めていた。そして、夏場所7日目から続いている自身の連勝記録も、大鵬の45連勝越えの53勝にまで伸ばし、不世出の横綱・双葉山の69連勝にも届きそうな勢いである。
結びの一番は、西横綱で、ここまで10勝4敗と低調な大乃国。前場所まで、大乃国に3連勝の千代の富士は、今場所も圧勝し、全勝優勝を遂げるにちがいない。福岡国際センターの満員の観客、そしてテレビ桟敷のファンもまた、そう信じていた。
ところが、こうしたアウェーな雰囲気の中で、大乃国は存在感を見せつける。立ち合いから左上手を引いた大乃国は、先手を取って寄っていき、劣勢となった千代の富士に対し、土俵際でなりふりかまわず200キロの体重を乗せて、寄り倒したのである。
千代の富士、敗れる!
騒然とした館内に座布団が乱れ飛び、テレビ中継ではアナウンサーが興奮気味に、千代の富士の連勝ストップを伝えている。どよめきが続く中、花道を引き揚げていく千代の富士の表情は、むしろサバサバしているようにも見えた。そして、この瞬間に、千代の富士の「双葉山越え」は振り出しに戻った。
翌年1月、昭和天皇が崩御されたことで、結果的に、この一番は「昭和最後の一番」となり、千代の富士の歴史的敗戦は、日本国民の脳裏にくっきりと刻まれたのである。
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