元NHKディレクターのハンター・黒田未来雄が追い続けるヒグマ「熊五郎」 せっかくのチャンスで味わった「清々しいまでの敗北」

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舌なめずりをしながらヒグマ・熊五郎を追う日々

 元NHKディレクターのハンターという、異色の肩書をもつ黒田未来雄さん。「ダーウィンが来た!」の制作にも携わり、初の著書『獲る 食べる 生きる』でカナダ先住民などとの交流をつづった彼が、もういちど会いたいと願う、北海道の山で出会った唯一無二の存在とは……。

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 正直に言うと、僕は熊五郎に会ったことはない。でも足跡なら散々見ているし、夢にも何度も出てきた。

 熊五郎は、ハンターである僕が勝手に命名した雄のヒグマだ。いつも獲物を追っている北海道中央部の山で、初めて熊五郎の足跡を見付けたのは2021年の11月半ば。この時期の熊肉は途轍もなくうまい。舌なめずりをしながら彼を追う日々が始まった。冬眠に入るまでひと月ほど。その間に仕留めなければ。

 姿を見せないままに、熊五郎はすさまじいオーラを放つ。足跡が新鮮なら尚更だ。ここを歩いたのは何分前だろう。距離は100メートルを切っているかもしれない。追手の足音を既に感じ取っている可能性も高い。しかし自信に満ちた山の王は、いつも憎たらしいほどに落ち着いている。歩くペースは決して乱れず、確固とした足取りが「お前の動きなど全てお見通し。いくら追っても無駄だ」と僕をあざ笑う。

 地面に膝をつき、足跡に手を重ねる。落ち葉の匂いを胸いっぱいに吸い込む。身を屈めるだけで土からの情報量は飛躍的に上がる。自分の輪郭を森に溶かし、熊五郎のたくましい体に重ねてゆく。今、彼はどこにいて、何をしているのか。どうやったら出会うことができるのか。熊五郎になりきって考える。

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