「差別された時代も…」「純粋さが部員に伝わる」 「留学生ランナー」は箱根駅伝の歴史をどう変えたか

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「背負われながらずっと泣いていた」

 22年のワンジルは、予選会がチーム1位で、全日本大学駅伝も1区で区間新を出した。だが翌年の箱根だけは2区で区間20位と大ブレーキ。すると彼のフェイスブックのメッセージには、誹謗中傷が寄せられた。

「ピーターには大丈夫だよと言ってすぐに消去させたが、日本人とは違って頼れるのはチームメイトやスタッフしかいない。でもしっかり面倒を見れば恩義を感じて返そうとしてくれる。彼は陸上は大学でやめるつもりでいて、箱根で完全燃焼したいと思っている。だから先の10月に行われた予選会で棄権した時は、僕の背中で背負われながらずっと泣いていました。その一件があったがために全日本や上尾ハーフも走ってくれたというのはあります。ある意味、うちのチームはピーターのおかげで強くなれた。彼を特別視しないで一緒にやったから、『彼が不調なら俺たちがやればいい』という気持ちにつながり、大砲がいるところとは違う効果がすごく出たと思います」

 最近の男子長距離を見れば、留学生効果がいい意味で強化にもつながっているといえる。

「マヤカさんと渡辺さんの時代は実力が接近していたが、そのあとは留学生との差は開いたと思います。でも最近は田澤廉(現・トヨタ所属)くんなどが留学生と肩を並べて走っていて、いい状況。東京国際大のイェゴン・ヴィンセント(現・ホンダ所属)やリチャード・エティーリの方がオツオリさんやマヤカさんより間違いなく強いのに、彼らに勝てそうな日本人も出てくると思う。田澤くんなどは仙台育英などの留学生に勝てなかったら1位を取れやしないという意識が高校時代に芽生え、発奮したのだと思います」

「彼らのセカンドキャリアにも責任を持たなければ」

 ただ、今は問題も少しずつ出てきているのは確かだ。真也加はこう言う。

「持ちタイムだけで選手を呼んでも、実際に見て弱かったら帰すとか、ケガをして走れなかったらそのまま帰すとなったら、日本のイメージは悪くなります。送り出す家族は日本に行くのは出世だと思い、お金を持って帰って来るとみんな期待している。新聞で“日本から帰された”という記事が出ると、“なんで日本に行くのか”という声も上がります。僕が留学生がいないか相談された時は、その子の家まであいさつに行ってどういう生活をしているかも確かめ、高校や大学だと給料が出ないことや、タイムが伸びたら実業団に入れるかもしれないことをしっかり説明する。そうした努力もせずに、期待した結果が出ないと『はい終わり』となったら、選手たちはプライドが高いので地元に帰れなくなってしまう」

 今は大学を卒業しても全員が実業団で競技を続けられる状況ではないだけに、セカンドキャリアを考えてあげることも必要だと、上田は言う。

「僕が預かった留学生で、結果を出せない選手もいました。だからこれから課題になってくるのは、実業団が外国人選手で飽和状態になっている中で、日本の教育を受けた彼らのセカンドキャリアにもある程度責任を持たなければいけないということ。やがて彼らがケニアに帰った時に何ができるか。例えば東京農業大であれば、ケニアでも使える農業の知識を身に付けさせるなど、その可能性は大いにあると思います。箱根駅伝を理由にして留学生を預かる大学も含め、チームとしての責任をどう果たすかということはケニアからも求められている。今はどの大学もグローバルスタンダードでやらなければいけない時代だから、そういう責任も果たせる環境は整えられつつあるなと思います」

 大学スポーツである限り、選手たちはプロではない。これからの留学生を単なる助っ人として捉えない姿勢こそ、必要になっていく。

 留学生たちの「箱根」にもさまざまなドラマがある。

折山淑美(おりやまとしみ)
スポーツライター。1953年、長野県生まれ。五輪などでの現場取材を基に、陸上、競泳、柔道、ウインタースポーツといったアマチュア競技全般について執筆している。著書に『羽生結弦 未来をつくる』『日本のマラソンはなぜダメになったのか』など。

週刊新潮 2024年1月4・11日号掲載

特別読物「『害人』と呼ばれたことも…100回記念箱根駅伝『留学生ランナー』たちの今昔物語」より

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