「箱根駅伝中継」はかつてテレ東が放送していた…お正月の超人気番組に育てた日テレ“驚異の演出力”とは
レースが終わった直後から翌年用の取材
それでも問題が全て解決したわけではない。悪天候でヘリが飛べない恐れもある。そこでスタッフは山間部の中にも電波の受信点を設けた。技術スタッフが中継車の上に乗り、受信点に向けて電波を飛ばせるようにした。走行中の中継車から受信点は分かりにくいため、技術スタッフは事前に何度も何度も現地に行き、場所を頭に叩き込んだという。
だが、箱根駅伝中継が成功した最大の要因は分厚い取材に違いない。「レースが終わった直後から翌年の大会用の取材を始める」(元スポーツ局員)。それが各チームを大会前に紹介する告知番組の素材になる。
なにより、取材で各選手と頻繁に会うほど、本番で彼らの個性を細かく伝えることが出来る。言葉がウソにならない。
2022年5月、脳出血のために54歳で他界した河村亮アナは中継で1号車などを担当した。実直な人柄で、よく各校まわりをしていたため、原晋監督(56)ら多くの駅伝関係者がその死に衝撃を受けた。
2007年の5区(小田原-箱根、20.8キロ)の山登りで順大・今井正人選手(38)が驚異的な走りを見せ、往路優勝でゴールする際には「山の神、ここに降臨! その名は今井正人!」と実況。初めて「山の神」という言葉が使われた。
咄嗟に出てくる言葉とは考えられない。これも取材と準備の成果だろう。