最後まで渥美清さんの真似だけはできなかった…俳優生活60年「前田吟」が語る「仁義なき戦い」「八甲田山」「寅さん」

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「八甲田山」の斎藤伍長

 もう一つ、日本映画の名作で、大スターと共に前田が見事な演技を残した映画を紹介したい。「八甲田山」(1977年、東宝・森谷司郎監督)である。

 原作は、新田次郎『八甲田山死の彷徨』(新潮文庫)。1902(明治35)年、青森歩兵第5連隊が行った雪中行軍演習で210名中199人が死亡した、史上最大の山岳遭難事故をベースにしている。同時期、弘前歩兵第31連隊も八甲田山で雪中行軍を行っており、この2隊の行軍を描きながら、極限状態での組織と人間の在り方を問いかけた。25億円を超える配給収入を上げた、大ヒット作である。森谷監督は「日本沈没」(73年)と共に、70年代を代表する監督で「日本映画界の四番バッター」と称されたこともある。

 この作品で前田が演じたのは、弘前31連隊第二中隊、斎藤吉之助 伍長。上官の中隊長、徳島大尉を演じたのは高倉健である。斎藤伍長は中隊では歩測の調査を担当しており、100歩ごとに豆を外套のポケットに入れ、小休止のたびに歩測を記録する。しかし、気がかりなことがあった。何年も前に養子にもらわれた実の弟、長谷部善次郎一等卒は、青森5連隊を率いる神田大尉(北大路欣也)の従卒だったのだ。

 弘前隊と青森隊が、行軍中に八甲田のどこかですれ違う――上層部のアイデアだが、5連隊の多くは地元青森の出身でなく、冬の八甲田の怖さを知らない。弟は行軍には参加しないで欲しいと斎藤伍長は思い、伯母に伝言を託していたのだが…。行軍中、切れるはずのない雑嚢の紐が切れたことで、嫌な予感を抱く斎藤伍長。やがて、31連隊が深い雪の中を進むうち、先頭にいる案内人が止まる。その先には突き刺された銃が。斎藤伍長は隊列を離れ、銃の周りの雪を両手でかく。雪の中から出てきたのは…。

「弟だ…善次郎…善次郎! 許してくれ。兄(あん)ちゃんがな、もっと早く来ねば行けなかったんだ。許してくれ、許してくれー」

 凍った弟の亡骸を抱きかかえ、嗚咽する斎藤伍長。たまらないという顔で見つめる徳島大尉。斎藤伍長はくるりと振り返り、徳島大尉を凝視する。瞳が揺れている。覚悟を決めた表情だ。

「中隊長殿…自分は弟を…背負っていきたいんでありますが、その…許可を…」

 長い間、離ればなれになっていた実の兄弟が、こんな再会になるなんて…徳島大尉の胸にも来るものがある。だが、行軍指揮官として31連隊の隊員の命を預かっている立場もある。まさに苦渋の思いと共に、斎藤伍長に言葉をかける。

「気持ちはよく分かる。しかし斎藤伍長、この先、田茂木野までまだまだ難関がある。弟を背負った貴様が倒れたら、それを助ける者がまた倒れ…わが隊は全滅する。やがて救助隊が収容に来る。弟はそれまで、ここで静かに眠らせといてやれ」

 絞り上げるように嗚咽する斎藤伍長――「八甲田山」には他にも印象的なシーンはあるが、この場面を挙げるファンも多い。その理由が、今回のインタビューで分かった。前田は言う。

「あの作品では都合3回、冬の八甲田に撮影に行きました。行軍シーンを撮るためです。健さんを先頭に、ひたすら歩くシーンを撮影するんです。ただ、どの段階で、このシーンを撮影するか分からないから、僕は歩きながらいつもセリフの練習をしていました。それでね、満を持して撮影に入った時に、照明が僕の口と目に来ないんです。セリフを言う口と、涙が流れる目に、しっかりと当たらないんで、ぐらぐら揺れているの。照明さんが、僕の芝居に感情移入してしまって、一緒に泣いてしまったんですよ」

 まさに入魂の演技だったのだ。この作品では高倉健という大スターと共演したが、役柄は指揮官と下士官。それを意識して撮影期間中の3年間、撮影外では一切会話をしなかった。

「宿も隣の部屋で寝ている時もあったけど、撮影以外では一切、話しません。そうしないと、指揮官と下士官という、距離感が出ないんですよ。軍隊ですから、上官の命令は絶対でね。その空気感を出すためには、普段から意識していないとダメなんです。だから、あのシーンで僕が健さんに許可を請うのは、相当な覚悟があるという気持ちの表れなんですよ。それをしっかり出したかった。もちろん、全ての撮影が終わったあとは、普通に話しましたよ(笑)」

 役を作る時、前田が心掛けていることがある。それは「真似る」→「まねぶ」→「学ぶ」の三段階を経ることだという。自分が今まで観てきた映画やドラマで、その役にいいなとおもった俳優や作品を思い出し、まずは真似る事から入る。真似から入り、ちょっと違うなとかこうしたらいいなとか「真似と」「学ぶ」の中間を経て、最終的にすべてを「学んだ」状態で役柄を完成させるのだそうだ。

「ただ、スターの物真似はしない方がいいですね。でも、やっぱりこの人の真似をしたいなと思い続けて、最後までできなかったのは渥美清さんだね」

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