最後まで渥美清さんの真似だけはできなかった…俳優生活60年「前田吟」が語る「仁義なき戦い」「八甲田山」「寅さん」
前編【俳優生活60年「前田吟」の告白 実母に二度捨てられた孤独な幼少期、自分で飼った鶏の卵を1個7円で売っていた極貧生活とは】からのつづき
2024年で俳優生活60年を迎える、前田吟(79)。インタビューの前編では、大変な苦労を重ねた幼少期について紹介した。後編では、前田の数多い出演作の中から、名監督と大スターと共演した映画2本、そしてやはり「男はつらいよ」のエピソードを紹介したい。脇役がいるからこそ主役のスターが光る――この言葉通り、前田の素晴らしい演技が、作品をより一層盛り上げることが分かる貴重な証言である。(前後編の後編)
「仁義なき戦い 広島死闘篇」の島田幸一
「おい、吟。次のシーンなんだけどな」
深作欣二監督がニヤリと笑いながら、前田の側で囁くように言った。
「一気に後ろに行け。それで、慌てて前へ出ろ。このことは文ちゃんには言わないから。うまくやれよ……」
2023年で公開から50周年を迎えた映画「仁義なき戦い」(東映)。前田はシリーズ第2作「広島死闘篇」(1973年4月28日公開)に出演。菅原文太演じる主人公・広能昌三の組織する広能組幹部、島田幸一を演じた。今でも前田が忘れられないシーンが、敵対する大友勝利(千葉真一)一派の襲撃を受け、逃げる広能組長を島田がジープに乗せて逃げるシーンだ。
「僕は外でジープに乗って文太さんを待っている。銃撃を受けた文太さんが逃げてきて、ジープに飛び乗って逃げる、というシーンです。ここで深作監督は、僕がギアが後ろに入っていたのに気づかず、ジープはまず後退して、慌ててギアを入れ直して直進する、というシーンにしたんです。ジープが後ろに行くことは文太さんには内緒。ハプニングぶりをよりリアルに撮りたいというのが、監督の狙いです。だから事前に話していたのは僕だけ」
いよいよ本番。
「よしっと思ってバックミラーを見たら、その日に限って撮影の見学者がすぐ近くまで来ていてね。見学者やスタッフも、ジープは前に行くものだと思っているから、まさか後ろに来るとは思わない。でも、監督の打合せ通り、後退したんだけど、見学者はキャーッと悲鳴をあげるし、僕もぶつかっちゃいけないと思って中途半端にブレーキをかけて前進した。いやぁー、惜しいというか残念というか、今でも思い出しますよ」
この作品の4年前、69年から「男はつらいよ」シリーズは始まっていたが、翌70年、集団就職で上京した若者の姿を描いた「君が若者なら」(松竹)で前田は石立鉄男と主演を務めた。同作の監督が深作氏で、「仁義~」出演へ声がかかった。
「嬉しかったですよ。『仁義~』も大ヒットしていた映画ですからね。ヤクザの役なんだけど、僕としては伝統的な東映映画に出てくるような、ヤクザヤクザしているタイプではない形で演じたいと思ってやりました。劇中、金に困った組員の僕らが、近所の犬を殺して、それを焼き肉にして文太さんに食べさせるシーンがあるんだけど。まあ、東映もよくここまでやらせるなぁとは思いましたが、文太さんはじめ、東映のスターさんとご一緒できたのは何よりの財産です」
焼き肉をパクつく広能と、黙々とお茶漬けを食べる島田たち。食事中、あまりにも外で犬が吠えるため、
「犬のやつらも腹すかしとるんかの?」
広能が窓を開け、犬に向かって「おい、こっち来い!」と言って肉を放るが、犬は牙をむいてよけいに吼える。島田らは「ああっ!」と、声には出さないが、一様に困惑の表情。事態を察した広能が、「お前ら、肉屋で何の肉買うてきたんない!?」というと、島田は恐縮して、
「すんません…銭を始末しよう思うて…わし、指詰めますけん」
「仁義なき~」も熱狂的なファンが多いが、その中で今も語り継がれる、名シーンの一つである。
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