「払い戻しをしないと試合は中止だ」 伝説の「辰吉×薬師寺」のチケット逸話と立役者の死

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 井上尚弥の2階級4団体統一戦など注目のボクシングイベントがある年の瀬の今月8日、“伝説のイベント”のプロモーターがこの世を去った。

 名古屋の老舗「松田ジム」の松田鉱二会長である。

 1943年設立の松田ジムからは、畑中清詞、薬師寺保栄と世界王者が輩出。その薬師寺が“浪速のジョー”こと辰吉丈一郎と拳を交えた“世紀の対決”は94年12月4日に行われた。

「史上初の日本人同士による世界王座統一戦に、全国のファンが熱狂しました」

 と語るテレビ局関係者によると、当時、この試合の興行権と放映権を巡ってもめにもめたという。

「大阪帝拳ジム所属の辰吉の試合は日本テレビ、薬師寺の試合はCBC中部日本放送が中継していました。財力の差は歴然で、誰もが帝拳の興行で日テレが中継すると思っていましたが、松田会長が屈しなかったため、メキシコで入札が行われることになったのです」

売りさばいたチケットの一部を泣く泣く回収

 入札には、モハメド・アリやマイク・タイソンを手がけた世界的プロモーターのドン・キング氏も参戦し三つ巴に。その結果、

「松田会長が3億4千万円で落札。会場は名古屋市総合体育館レインボーホール、CBCによる中継が決まりました」

 両者のファイトマネーは史上最高額の1億7千万円に達した。もっとも、

「会場の収容人員はわずか9800人。『絶対に赤字』と言われ、金策に窮した松田会長は、薬師寺のファイトマネーを2千万円に抑え、チケットも1万枚以上売りまくった。それをテレビで漏らしたものだから、試合2日前、愛知県警から、『人員超過で消防法違反。払い戻ししないと試合は中止だ』と迫られたのだとか」

 政治家はパーティー券をいくら売ってもおとがめなしだが、ボクシングは違う。

「そのため、売りさばいたチケットの一部を泣く泣く回収し、何とか警察に許してもらったそうです」

 享年82。合掌。

週刊新潮 2023年12月28日号掲載

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