「爪が太ももに食い込んで」「一か八か喉元にナイフを」 唸り声を上げ襲いかかる人食いヒグマを撃退した消防署員の告白

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助かってよかった

「我々はクマの目は見ず、全体を見るようにして。その時間はものすごく長く感じました。そして、クマは振り返って、山を下って行きました。クマが見えなくなると、警戒しながら下山することになりました。後で聞くと、同行していたもう一人の後輩は私が襲われたとき、知らぬ間に道脇の斜面を2、3メートル滑落していたみたいです」(船板さん)

 二人とも服はボロボロ。船板さんは出血していたものの自力での歩行は可能で、大原さんも幸い軽傷で済んだ。その場で10分ほど様子を見て、クマが戻ってこないことを確認した上で、3人はお互いに声を掛け合いながら、ゆっくりと山を下りていった。

「“とりあえず命が助かってよかった”“下りるまで何があるかわからないから、警戒していこう”と話し合っていました。大原さんには“よく助けに来てくれたね”と感謝を述べました。彼は“ほっといたら死んでしまう”と助けようという一心だったそうです。下山中には何ヶ所かクマの血痕と思われる跡がありました。そうした痕跡を見つける度に5分ほど待ったりして、ゆっくり下りて行きました。今さら怖がっても仕方ないと思って、たわいもない会話をしていました。登山用のスティックを持って、また遭遇したらそれを武器にしようと考えていましたね」
 
 二人は下山後、病院で治療を受けた。まさに「奇跡の生還」だった。

クマのテリトリーに足を踏み入れた

 地元猟友会のメンバーが言う。

「福島町はクマがよく出るところなので、出くわすのはある程度仕方のないことなんです。地元の人間は大山軒岳に山菜を採りに行っても、登山道入り口近くのところまでしか行きません」

 実は、船板さん、大原さんが襲われたのは、クマが大学生の遺体を隠していた場所の近くだった。大学生の遺体の近くでクマは息絶えたのだ。

「クマは獲物を仕留めると一度に全部食べきれないので、土を被せ、土饅頭にして保管するんですね。その周囲に安易に近づくと襲われることがあります。3名はそのテリトリーに足を踏み入れてしまったのではないでしょうか。最近では高温の影響でどんぐりなどの木の実も少なく、鹿の肉を食べるクマが出てきている。肉の味を覚え、冬眠もしない。備えとしては、クマスプレーを持って撃退するしかありません。襲われたら大きな音を鳴らしても効果はありませんから。ナイフを使ったのは結果的に良かったですが、一般の人には難しいでしょう。消防隊員で訓練されていたから、対処できたのかなと思います」

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