あの「エマニエル夫人」も…年末年始にじっくり観たい「大人の映画」7選
「エマニエル夫人/4Kレストア版」(ジュスト・ジャカン監督/1974年、フランス)
このタイトル7文字を見ただけで、あの気だるい主題歌が聴こえ、籐椅子に座るシルヴィア・クリステルの姿が浮かぶシニアも多いのでは? 1974年に公開され、社会現象ともいうべき大ヒットとなったフランス映画の名作が、50年ぶりに再公開される。しかも、4Kレストア&デジタル・リマスター、完全無修正(ボカシなし)だ!
「私は当時、高校生でしたが、封切り時に観ています。ただし、ヒビヤみゆき座(現・TOHOシネマズ日比谷:スクリーン13)での単館公開が連日大行列で、とても入れない。当時は入れ替えなし、自由席でしたからね。仕方なく、後日、拡大公開された新宿文化で、ようやく観ました」
高校生が、こんな映画に潜り込むとは、何たることか。
「とんでもない。これは大人向け映画ではなく、一般映画だったんですよ。当時はまだPG12やRG15+指定とかもなくて、一般映画と大人向け映画(18歳未満お断り)の2種類しかなかったんです。で、日本では『エマニエル夫人』は、一般映画として公開されたんです。そのかわり、全編がボカシだらけ、ズタズタにカットされていました。スカッシュのコートで年上マダムと同性愛行為におよぶ場面など、やたら画面が飛び飛びになり、おなじカットが繰り返された記憶があります。それだけに、今回のデジタル完全版による再上映は、まことに寿ぐべき快挙だと思います」
「エマニエル夫人」は、映画興行史上にも数々の伝説を残している。当初“三流大人向け映画”だと思われていた本作を、日本ヘラルド映画が諸権利込みの2000万円で買いつけ、みゆき座のみで37万人動員、配収15億6000万円の大ヒットとなった。ヘラルドでは全社員に20か月分とも噂された特別賞与が出た。
「観客の大半が女性で立ち見ぎっしり。あまりの場違いぶりに、男子高校生の私は、そのことのほうが恥ずかしかった。これはヘラルドの戦略勝ちです。女性映画専門のみゆき座で公開したのが効果的だった。有名な籐椅子のポスターも、実はファッション誌用の写真で、映画とは無関係。あの美しい写真が《ソフトな美しさ/あやしい官能ドラマ》(毎日新聞)、《きれいな映画》(読売新聞)といったイメージづくりに一役買ったのです」
外交官夫人のエマニエルが、夫の赴任先のタイで、有閑階級に仲間入り。あちこちで性の手ほどきを受けるうち、女性として“解放”されていく……当時としてはウーマン・リブ的な要素のある映画として喧伝されたものだ。ところで、今回の「4Kレストア」「無修正」の効果のほどは……?
「いまやセクシービデオが当たり前の時代ですから、さすがにそう驚くほどのシーンは、ありません。いわゆる“ハードコア”映画ではありませんから。50年たってみると、なぜ、この程度で大騒ぎしたのだろうと思うほどです。しかし、デジタル修正によって、映画の美しさが、かえって鮮明になりました。1970年代に、外光で、これだけ自然の風景をきれいにとらえた映画は、珍しいでしょう。冒頭の、細かい装飾品にあふれた室内シーンも、実は計算された色彩設計で構成されていることが、よくわかります」
もちろん、シルヴィア・クリステルの美しい肌や、モスグリーンの瞳も美しくよみがえっている。
「プールで何も着ないで泳ぐシーンを、水中撮影でとらえるシーンがあります。水中に差し込む太陽光が、筋肉の動きや、水流にそよぐヘアを際立たせて、とてもきれいでした。シルヴィアは、オランダのトップ・モデル。監督のジュスト・ジャカンはファッション誌『ELLE』や『VOGUE』のカメラマン。撮影は日系のリシャール・スズキ。彼らによって、明らかに一般映画とはちがう、ファッション雑誌の感覚で画面がつくられています。かつて多くの女性は、そのことを敏感に感じ取って、映画館へ詰めかけたのです」
当時、JTBは、パリへ無修正版を観に行くツアーを催行。《パリで無修正の『エマニエル夫人』を見たというファッション関係者、観光OLも多く、話題はこの映画でもちきり》(読売新聞1974年12月7日付)というほどの人気となった。
「いうまでもなく、もうパリまで行く必要はありません。この年末年始、近所の映画館で、のんびりと昭和の官能に浸ることができます」
シルヴィアもジャカン監督も、すでに鬼籍に入った。今回は『続エマニエル夫人』『さよならエマニエル夫人』も、各々デジタルリマスター版で同時公開される。