1人5万円以上のヴィーガンレストランがNYではやる理由 「秘密の部屋」で何が行われているのか(古市憲寿)

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 友人に連れられて、ニューヨークの「イレブン・マディソン・パーク」という有名レストランへ行ってきた。ミシュランやベストレストラン50でも高評価を獲得する人気店だったが、2021年、大変革が起こった。動物性食品を提供しないヴィーガンレストランになってしまったのだ。

 肉も魚もバターも出ないのに、価格は1人5万円以上。当然ながら賛否両論が巻き起こった。だが客足はまあまあのようである。

 僕が訪れた日も、ほぼ満席だった。メニューは告知されていた通り、野菜ばかり。キュウリのサラダ、すりおろしたニンジンといったストイックな内容だ。その日のメインは、薄切りのキノコの載ったご飯だった。思わず「これで終わりですか」と聞いてしまった。どれも味付けは酸っぱい。感覚としては、酢の物ばかり出てくる感じ。後から聞いたら、積極的に日本の食材を取り入れているレストランなのだという。

 結論から言えば、おいしいとはいえないが、体にはいい気がした。少なくとも太りそうなメニューではない。これって意外と大事なのだ。きっとイレブン・マディソン・パークに行くようなニューヨーカーや観光客は、連日のように高級レストランに通う。「今日はアトミックスで韓国料理、明日はル・ベルナルダンで海鮮料理」といった具合だ。

 当たり前だが、毎日のように高級レストランに通っていたら太る。ある業界人の談だが「毎日会食しているような人たちをたくさん見てきました。例外なく全員太っていきました」。ちなみにその人自身は、コース料理でも必ず「少なめで」と伝えている。全ての料理を半分ずつ残す文化人のうわさも聞いたことがある。

 そう考えると、イレブン・マディソン・パークは1年に1度しか外食をしないような人が訪れるには物足りないが、連日ハイカロリーなものを食べている人には歓迎されるのだろう。ヴィーガンという点も相まって、自分にも地球にも優しいことをしている気がしてくる。流行でもあるしね。

 日本にも高級レストランは多いが、欧米と違って思想性や政治性のあるお店はほとんどない。せいぜいSDGsと銘打って環境に配慮した食材を使うくらいだろうか。去年行ったデンマークの「アルケミスト」というレストランなど、牛肉を食べる前に、いかに肉食が環境負荷をかけるかのプレゼンがあったりした(すごくおいしかった)。

 林真理子さんほどではないが、多少なりともダイエットに心を砕く人間として、太らないレストランの存在はありがたい。ところが、後から知ったのだが、イレブン・マディソン・パークには何と秘密の部屋があったらしい。地元紙などが伝えるところによれば「シークレット・ミート・ルーム」では、VIP客向けに肉や魚が提供されていた。重要な顧客との関係性をないがしろにできない、200人の従業員の生活も考えなくてはいけない、というのがレストラン側の弁明。次は秘密の部屋に行ってみたい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年12月28日号掲載

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