財界きっての論客「牛尾治朗氏」、小泉元総理のブレーンは晩年も「iPadの構造に興味津々」【2023年墓碑銘】

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電池の重要さを見抜いておられた

「臨調の土光敏夫会長や委員だった瀬島龍三さんは親子ほどにも年が離れているのですが、牛尾さんはずいぶんとかわいがられた。次の時代を背負う人材であることもさりながら、牛尾さん自身の育ちや人柄の良さもありました」(村田氏)

 人脈の広さが災いして、リクルート事件に巻き込まれたこともあったが、経済同友会の代表幹事やKDDI会長を歴任。小泉政権では経済財政諮問会議の民間議員に就任する。若手のベンチャー経営者を育てることにも余念がなかった。

 ITコンサルを手掛ける「フューチャー」会長兼社長の金丸恭文氏も牛尾氏に見いだされた経営者だ。

「初めてお会いしたのは私が29歳の時、牛尾さんが50代前半でした。技術革新や変化の側にいるのは民間企業なのだから、リーダーシップは民間の人たちが発揮するべきだというのが当時からの牛尾さんの一貫した主張で、私はそれを40年間近く傍で見てきました。デジタルに疎い年代でも、牛尾さんなら関心があるはずだと思い、iPadの分解したものを見てもらったことがあります。すると、すぐに電池の重要さを見抜いておられた」

 新しいものに対する興味は年を重ねても旺盛だったという。だが、2020年、体力の低下を理由にウシオ電機の取締役相談役を退任。6月13日に誤嚥性肺炎が原因で永眠する。享年92。

 牛尾氏が常に変革を求めてきた日本は「失われた30年」をまだ、取り返していない。

デイリー新潮編集部

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