【元巨人投手・林昌範さん】「幻の工藤監督」でDeNAへ移籍、引退後、自動車教習所の取締役になってフロントから学んだことがどう役立ったか

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野球で身につけた「根性」があれば乗り越えられる

 林は自動車教習の指導員資格は持っていない。だからこそ、「それ以外のすべては自分が責任を持つ」という覚悟で、日々、仕事に臨んでいるという。

「それも、DeNAのフロントの方々の姿から学んだことです。彼らは決して野球には口出ししなかったけど、それ以外のこと、例えば球団経営とか、ファンサービスとか、イベントについてはいろいろとアイデアを出して、新しいことに挑戦していました。僕も教習指導のことに口出しはしない。けれども、どうやって生徒を集めるかということを含めて、経理と運営に関わることについては、全責任は自分にあると思っています」

 異業種に転じてすぐに新型コロナウイルス禍がやってきた。緊急事態宣言が発出され、休校を余儀なくされた。それでも、船橋校、鎌ヶ谷校の2校を支える80名の社員、20名のパートタイマーたちの給料を捻出しなければならない。先行きが見えない中での奮闘が続いた。

「この期間は社長である父と本当に緊密に話し合いました。再開時のシミュレーションを何通りも考えながら、どこから融資を得るか、資金繰りをどうするかをいつも考えていました。本当に大変だったけれど、その時期を乗り越えたことで、ようやく光が見えてきました」

 三密を避けるために、公共交通機関よりも自家用車のニーズが高まるという追い風を受け、緊急事態宣言が解除された後は、自動車学校への入学希望者が増加した。オンライン授業も進み、経営の合理化もなされつつあった。しかし――。

「僕はオンライン化には積極的ではありません。むしろ、“こんな状況下だからこそ、対面指導に価値があるのではないか?”と考えています。うちの学校の入学者の6割が“友人知人からの紹介”です。うちの強みは学科の先生たちの質にあると思っています。学科の授業は、各指導員が工夫して当たってくれている。そこが卒業生たちにも評価され、紹介へつながっていると思うのです。オンラインで得られることよりも、対面による付加価値こそ、他の自動車学校とは違う、うちならではの特徴になるんじゃないか? そんな思いを強くしています」

 自動車学校への入社が決まった直後、すぐにパソコン学校に通った。書店に飛び込み、簿記や貸借対照表の読み方に関する参考書も購入した。当初は「3ページも読むとすぐに眠くなった」ものの、今では日々の数字を把握し、迅速に対応する生活を送っている。そして現在、激変する社会に合わせた新機軸も見据えている。

「うちには50年以上の歴史もあり、地元の方々の間での認知度と信頼度があります。この地域の方々のためのサードプレイスとしての役割も担っていきたいと考えています。今の施設を使って、カフェのようなものだったり、図書館のようなものだったり、ネットが使える環境だったり、まだまだやれることはたくさんあるはずです」

 少子高齢化社会において、70歳以上を対象とした高齢者教習はますます需要が高まるはずだ。今後、教習車の電気自動車化移行への判断も迫られる。24年から始まる残業規制によって、送迎バスの運行スケジュールも考慮しなければならないし、トラックの物流問題によるドライバー不足による、大型免許取得コース増設への対応もある。

「やっぱり、ニュースを見る時間が格段に増えましたね。野球をやっていた頃よりも、今の方がずっと大変です。自分一人で解決できないことが多いですから。でも、わからないことをわからないまま終わらせることなく、じっくりと取り組むことができるのは、やっぱり野球で身につけた根性のおかげですよ(笑)」

 第二の人生でうまくやっていくコツを尋ねると、林はしみじみと言った。

「チャレンジすることを諦めないことでしょうね。野球の場合はすぐに結果が出ます。でも、経営の場合は、結果が出るのが半年後、1年後になることもあります。すぐに結果は出ませんが、決してあきらめないこと。それはすごく意識しています」

 自動車学校のスタッフはほとんどが軽装の中、林は常にスーツ姿で臨んでいる。その理由は明白だ。「常に人に見られているという意識があるから」である。これもまたプロ野球時代に身についた考えだった。

(文中敬称略)

前編【林昌範さんが回想する「巨人時代」 飛躍のきっかけは阿部慎之助の座学 いきなり投げたフォークで名選手が空振り「意外といいかも」】からのつづき

長谷川 晶一
1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。著書に『いつも、気づけば神宮に東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(双葉文庫)、『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)ほか多数。

デイリー新潮編集部

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