「獄中に7カ月」「出所後は“思想教育”」 亡命した香港民主化運動の女神・周庭(アグネス・チョウ)が明かした中国の人権侵害の実態
「警察署で“感謝の手紙”を書かされ…」
当局はさらなる条件を提示してきた。警察の同伴のもと、中国大陸に行き、愛国教育を受けることだ。
「香港の国安警察5人と運転手に連れられ、8月のある日、朝8時に香港から車で中国本土に移動し、深センを訪問しました。着くとまず改革開放の展示所に向かわされた。中国経済の発展、共産党や政府の功績、偉大さを理解させるための展示です。トウ小平や習近平など中国の歴代リーダーがどんな発言をし、どんな政策を提案してきたのかなどが紹介されていました。その後は、『テンセント』の本社に連れていかれました」
同社は言わずと知れた、中国を代表するIT企業だ。
「中には展示場のような場所があり、テンセントのアプリや発明、技術によってどれだけの人が救われたかが説明されていました」
両行程の最中はガイドが付き、また、同行する運転手が見学する彼女の写真を撮り続けていたという。
香港に戻ったのは19時ごろ。
「警察署で“感謝の手紙”を書かされました。“深センへの旅をアレンジしてもらい、中国の偉大なる発展を知ることができたことに感謝しています”と。もちろん警察が言った内容をそのまま書いたものです」
亡命を決意した理由
こうして「思想教育」を経た彼女は、翌9月、カナダへと向かうことが認められた。パスポートが戻ってきたのは出発の前日だった。
「もっとも恐ろしかったのは深センへの旅が決まってからのひと月でした。中国で拘束されたらどうしようとさまざまな状況を想像しました。もし何かあっても家族も友人も弁護士も、誰も助けに来られない。自分の最期の時になるかもしれないとの覚悟を決めた1カ月でした。私は中国の経済発展を否定するつもりはありません。しかし、懺悔書の提出や愛国教育をパスポート返還の交換条件にする。そんな国はいくら経済が強いとはいえ、弱く、脆い国だといえないでしょうか」
カナダに居を移した後も、大学院の夏休みやクリスマス休暇の際には香港に帰国し、出頭することを求められた。そのため、彼女は12月28日に出頭する予定を組み、既にチケットも購入していたという。しかし、
「11月に帰国しないことを決めました。香港に帰るともうカナダに戻れなくなる恐れもありますし、戻れるにしても、情報を提供せよとか、また中国本土に行けとか、さまざまな要求を出してくる可能性もある。しかしもう、そうしたことを強いられるのに心が耐えられないのです。私はただ自由に生きたいと思った」
かくして彼女は亡命を決意し、世界に発信したのである。
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