「獄中に7カ月」「出所後は“思想教育”」 亡命した香港民主化運動の女神・周庭(アグネス・チョウ)が明かした中国の人権侵害の実態
出所後は消息不明に
周庭(アグネス・チョウ)氏は、1996年生まれ。15歳の時に初めて香港の民主化運動に参加した。2014年、行政長官選挙の民主化を求めて若者を中心とする市民が街頭を占拠した、いわゆる「雨傘運動」でスポークスマンを務め、運動のシンボル的存在に。日本のアニメが好きで、独学で身に付けた流ちょうな日本語を操り、日本メディアの取材にも度々応じていた姿は記憶に新しい。逃亡犯条例改正を巡って19年から起きた大規模デモでも旗振り役を務めたが、20年11月、無許可デモを扇動したとの疑いで逮捕され、禁錮10カ月の実刑判決を受ける。出所後はSNSなどでの発信活動をストップ。消息は不明となっていたのだ。
アパートも銀行口座も…
本人が空白の日々を語る。
「はじめは一般の刑務所に収監されましたが、ひと月後、殺人犯や麻薬密輸犯など長期刑の人が入る『A級刑務所』に移されました。刑務所では朝から晩まで囚人服を作る労働をさせられていた。ひと月に2回、面会時間があり、手紙のやり取りもできましたが、面会はすべて録音され、手紙の内容も審査されるので、生活の話や食べ物の話くらいしかできませんでした」
模範囚だった彼女は刑期を短縮され、7カ月後の21年6月に出所。しかし、その後も自由は奪われた。パスポートは没収されたまま。彼女は20年の8月にも国家安全維持法違反容疑で逮捕されているが、
「その時の保釈条件が少なくとも3カ月に1度は出頭し、警察と面談することでした。毎回ではないですが尋問され、家族や友達など人間関係や、収入についていろいろ聞かれました。苦しめられたのは周囲からの目です。仕事はもちろん、アパートを探すことさえ難しかった。私を入居させただけで国安警察に調べられるのではないかという恐怖が生まれるのでしょう。銀行も同様で、新しい口座を開くこともできませんでした。『ブラックリスト』に載っていたんだと思います」
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