「目が覚めると28時間経っていた」異例の“自殺コミック”を監修した専門家が明かす「NG描写」

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後追い自殺を防ぐ

 なぜ具体的な表現を避けるべきなのだろうか。

「メディアで自殺に関する内容を扱うことは、自殺者を増加させる『ウェルテル効果』を高める可能性があります。この言葉の由来となった、1774年に出版されたゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』では主人公が苦悩の末に自殺するというストーリーが描かれています。この小説が出版された頃、ヨーロッパでは小説の主人公と同じ方法で自殺する同世代の若者が相次ぎました。 日本でも芸能人の自殺報道で、手段など の詳細を報道することを控えるように厚生労働省から注意喚起されるのは、後追い自殺を防ぐためです。自殺を描いたコミックに関しても、後追い自殺を招く『ウェルテル効果』が懸念されます」

『ウツパン』の主人公のパンダは、漠然とした死にたい気持ちに囚われ、首つりや飛び降りなど具体的な自殺方法までもが頭に浮かぶようになる。服毒自殺に用いた薬剤の名称など、細かな描写は監修者の助言を受けて変更されているという。

「『ウツパン』の自殺に関する描写に『ウェルテル効果』のリスクが完全にないかどうかは分かりません。それほどメディアが自殺を扱うというのはリスクがあることですが、そうした中でも自殺企図者が当事者の目線から、『死にたい』という気持ちについて描くということは、大きな意義があると感じました」

遺書を読んでも自殺の背景は分からない

 研究者にとっても、自殺を試みた人の経験談は貴重だという。

「自殺を研究していると、自殺をする人の考えや心の動きを知ろうとするわけですが、当然、亡くなってしまった人に話を聞くことはできません。自殺者が残した遺書を読めば分かると思うかもしれませんが、遺書に自殺者の心情が表されているかというと、必ずしもそうとも言い切れません。そもそも自殺者のうち、遺書やそれに類するものを残しているのは、一部です。たとえ遺書のようなものを残していたとしても、その内容が動機や自殺の原因の解明に役立つとは限りません。死にたいと思っている人が自分の気持ちを認識し、遺書として書き残すことは難しいのだと思います」

 末木教授は、『ウツパン』の作者に「家族との関係を漫画に盛り込んでほしい」と伝えたという。

「自殺に至る経緯を知るためには、その人が家族とどういう関係だったのかを知ることは非常に重要です。ただ遺族の方から話を聞くと、あくまで家族側から見た関係しか知ることができず、本人が家族に対してどのように感じていたのか、本当のところは分かりません。『ウツパン』では主人公の姉や母との関係が、当事者側からの視点で描かれていることも非常に意義があると思います」

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