納棺師が忘れられない「最後のお風呂」 「私にも洗わせてください」と言う妻と娘に清められ旅立った40代男性
コロナ禍は人々の日常を変えました。
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持病を抱える人や高齢者とその身内も大きく影響を受けた人たちとして挙げられることでしょう。
身近な人とのお別れのあり方もかつてのように手を取って……というのが不可能な時期が長く続きました。亡くなってからも同様で、感染予防を重視するため、ご遺体との距離を取らざるを得なくなったのです。
葬儀のあり方も大きく変化しましたし、いまだに「コロナ前」に戻っていないこともあるようです。
しかし、大きく変わる状況に応じて柔軟に対応できるほど、人間は器用ではありません。
お別れの時間をできるだけ大切に過ごしたいと思う気持ちは変わらないのです。
そうした場に寄り添う仕事の一つが、納棺師です。
亡くなった方のお体を洗い清め、お化粧を施し、納棺の前に身支度を整えるのが主な仕事です。
一般的には映画「おくりびと」で広く知られるようになりました。
これまで4千人以上の死のお見送りに携わった納棺師の大森あきこさんがご遺族に寄り添ってきた体験をまとめた著書『最後に「ありがとう」と言えたなら』は、ご遺体との最後の時間を心残りなく過ごしてほしいという願いから執筆したといいます。その一部を抜粋し、ベテラン納棺師が涙した実話をお届けします。
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故人の体を清める儀式「湯灌(ゆかん)」
私はこの仕事に就くまで、亡くなった方の体を浴槽で洗う「湯灌(ゆかん)」という儀式があることを知りませんでした。普段は人前でお風呂に入ることなどしませんから、これを知った時は、私が死んだ時はやらなくていいかなぁ……と思ったものです。でも、たくさんの方の湯灌の儀式を見てきた今は、残された家族が私を洗いたいと思ってくれるなら、喜んでお願いしたいと思うようになりました。
「私にも洗わせてください」
以前、登山のライターをしていた40代の男性の湯灌をしました。男性は朝いつものように、「行ってきます!」と山に向かい、滑落事故により帰らぬ人となりました。
奥様と子供たちはご主人の死を理解するのさえ困難に感じているようで、少し離れた場所で身動きもせず、こちらにむけられた目線もどこか虚ろな感じがしました。自宅のウッドデッキにつながるリビングに置いた専用の浴槽の上で、静かに目をつぶっているご主人にぬるま湯をかけ、ゆっくり洗っていきます。泥がついた足や肘の擦り傷も、タオルを使って、しっかり洗います。
部屋の中に少しずつせっけんの香りが溢れていくと、奥様から、
「私にも洗わせてください」
と申し出がありました。
湯灌はもちろんご遺族の手で行っていただけますが、納棺師がそれを強制することはありません。ある新聞のコラムで、湯灌の儀式に対する批判的な記事がありました。久しぶりに親戚が集まる「お葬儀」で裸になった故人(実際には肌が見えないように大きなタオルで包まれていますが)を洗うことを強制され、戸惑ったという内容でした。
私は、湯灌の儀式は必要と感じたご遺族がごく親しい人だけで行うものだと思います。葬儀のプランの中に組み込まれているから、という理由で説明なく行えば、見せ物にされたように感じて怒る人もいるのは当たり前です。打ち合わせの際、葬儀担当者は詳しく説明することが必要。湯灌での注意は、ご遺族がしっかりと理解した上で行うことだと思います。
大切な人とのお別れを少しずつ噛み砕くプロセス
滑落事故でご主人を亡くされた奥様は、ご主人はお風呂が大好きで、仕事で山から帰るとまずお風呂に入って、それからビールを飲むのが日課だったと話されていました。
中学1年生の娘さんには、いつも使っていたシャンプーを持ってきていただいて、髪の毛を洗ってもらいました。
「おかえりなさい」
どちらかがそういうと、奥様と娘さん、ふたりで肩を寄せ合い、タオルで涙を拭いては故人を洗い、拭いては洗い……を繰り返しました。
湯灌が終わると最後は登山スタイルに着せ替えました。脱脂綿に含ませたビールをご主人の唇に乗せて、
「これで彼も満足だと思う」
自分に言い聞かせるような奥様の言葉が、今も耳に残っています。
故人に何かしてあげることで、ご遺族は、理解することが難しい大切な人とのお別れを少しずつ噛み砕き、自分の中に落とし込んでいるのかもしれません。
お湯を使うことで腐敗が進むのではと心配される方もいらっしゃいます。実際はお湯に浸かるのではなく表面を洗い流すので体が温まるわけではありません。腐敗が進むことは考えにくいですが、もちろん全ての方にできるものではありません。
亡くなった方の体の状態によっては湯灌が難しい場合もあります。もし、ご興味のある方は葬儀会社に聞いてみてください。
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※『最後に「ありがとう」と言えたなら』より一部を抜粋して構成。