「おまえはおかあさんが浮気してできた子だ」…50歳男性が語る、父親の敵意に耐えた少年時代 「親の影響で僕は自分に自信が持てない」

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38歳のクリスマスが転機に

 30歳前後で周囲は次々と結婚していったが、彼は結婚にもほとんど興味をもてなかった。ときどき風俗へ行ったが、疑似恋愛を楽しむわけでもなく、すべては淡々と流れていく生活だった。それが変わったのは34歳のときだ。

「妹が結婚して、義弟の会社の借り上げマンションに住むことになったのですが、それが僕の自宅のすぐそばでした。就職して3年目には僕、マンションを購入したんです。歩いて2分くらいのところに妹一家が越してきた」

 妹は彼の唯一の味方だったし、義弟も人懐こい、いい人だった。妹は喜正さんの気持ちを熟知しているから必要以上に踏み込んではこない。ただ、ときどき「うちでご飯食べない?」と誘ってくれた。行くと、当時4歳と2歳の子どもが遠慮なく「遊ぼう」と近寄ってくる。まっすぐな子どもの目を見ていると気持ちが満たされた。

 38歳のときだった。クリスマスに妹の自宅に行くとひとりの女性がいた。義弟の会社の同僚だという。

「智佳子ちゃんはひとり暮らしなので今日はうちに招いたのと妹は言いましたが、僕に会わせたかったんでしょう。正直言うと、妹の一家を羨ましく思っていたこともあって、子どもをもつ人生もアリだよなあと思い始めていたところでした」

智佳子さんも複雑な家庭に育ち

 妹の作戦に乗せられた形で、3歳下の智佳子さんとつきあうようになり、彼は半年ほどでプロポーズした。冷静で穏やかな彼女は、「私でよければ」と返事をしてくれたという。

「謙虚で素敵な女性なんです。ただ、プロポーズしたとき彼女が『実は私……』と家庭の境遇を話してくれました。彼女は子どものときに両親が離婚、どちらも再婚して彼女は親戚に預けられ、結局、その親戚の養子となったそうです。彼女自身は養父母にかわいがられて育ったそうですが、実の親に対する複雑な気持ちは今ももっていると。『自分の中に真っ黒な何かがあって、それがいつか暴れ出しそうな気がして怖い』とも言っていました。自分を抑えて生きる術を身につけ、それが彼女の謙虚さとなって表れているんだろうなと思いました。僕も自分のことを打ち明けようと思ったんですが、なんだか言いそびれてしまって。妹が伝えているような気もしましたし」

 僕は一生、きみを愛していくと誓うよと彼は言った。言いながら嘘っぽいと感じていたそうだ。親子の間でさえ信じられない愛情を、他人との間で培うことなど不可能だと思っていた。

「でも実際、智佳子との生活が始まってみると、生まれて始めて気持ちが落ち着いた気がした。彼女はすぐに妊娠、女の子が生まれました。もちろんかわいかったけど、複雑な気分でもありましたね。僕が父の子ではないことを父はいつ知ったのかわかりませんが、この子が僕の子でないとしたら……とイメージしてみましたが、だからといってこんな子どもに意地の悪いことはとても言えない。いや、自分の子として育てて途中でそうではないとわかったら、やはり子どもに冷たくしてしまうかもしれない。いろいろな思いがわいてきました」

 ただ、目の前の子を愛そう。愛するというのがどういうことかわからないため、「大事に育てよう」と彼は言葉を置き換えて心に誓った。

後編【妻が離婚届と一緒に突き付けた「不倫相手からのエグ過ぎる贈り物」 50歳夫は「今思えばとんでもない女」「僕は何をしたんでしょうか」】へつづく

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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