酒とギャンブルを愛し、女性に愛された「伊集院静さん」 人間の哀歓を描く「無頼作家」の流儀【2023年墓碑銘】

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 長く厳しい“コロナ禍”が明け、街がかつてのにぎわいを取り戻した2023年。侍ジャパンのWBC制覇に胸を高鳴らせつつ、世界が新たな“戦争の時代”に突入したことを実感せざるを得ない一年だった。そんな今年も、数多くの著名人がこの世を去っている。「週刊新潮」の長寿連載「墓碑銘」では、旅立った方々が歩んだ人生の悲喜こもごもを余すことなく描いてきた。その波乱に満ちた歩みを振り返ることで、故人をしのびたい。
(「週刊新潮」2023年12月7日号掲載の内容です)

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 伊集院静さんは1984年、人気女優の夏目雅子さんと再婚した際に、本誌(「週刊新潮」)の「結婚」欄に登場している。

 当時の某テレビ局ディレクターによる人物評は、〈女は寄ってくるし、まるで映画の若大将という感じだった。親分肌だけど気性のサッパリした男。酒の席では、“オレも山口へ帰れば若と呼ばれる。でも、ワカがバカと聞えて、恥ずかしくて歩けやしない”とかいって、豪快に笑っていましたよ〉という具合。男からも好かれる様子はその後も変わらなかった。

 50年、山口県の防府生まれ。本名は西山忠来(ただき)。ファッションジャーナリストの西山栄子さんは姉にあたる。高校時代に海で溺死した弟への思いを生涯抱き続けた。

 野球が得意で立教大学に進み、野球部に入る。強打者でプロ入りを目指していたが肘を壊して退部。広告代理店勤務を経てフリーのCMプロデューサーに。

 22歳で最初の結婚。2女を授かる。ひとりが女優で現在45歳の西山繭子さんだ。77年、夏目さんを化粧品のCMに起用したことでふたりに縁が生まれた。松任谷由実や松田聖子からステージの演出も依頼され、音楽に込めたイメージを目に見える形で表現してほしいとの要望を丁寧な絵コンテと脚本で実現させた。

 伊達歩の名で近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」を81年に作詞して大ヒット。同年には小説「皐月」で作家デビューも果たす。

誇張せずに人間の哀歓を描く

 夏目さんとの幸せは長く続かなかった。急性骨髄性白血病のため結婚翌年の85年に彼女は27歳で急逝した。

 仕事を断ち、実家近くにある夏目さんの墓で毎日長い時間を送る。ギャンブルに深入りするようになったのは、時間が早く過ぎるように感じたからだという。漫画家の黒鉄ヒロシさんの紹介で作家の色川武大さんと出会い、全国の競輪場を一緒に旅するなかで再起していく。

 91年、『乳房』で吉川英治文学新人賞、92年に『受け月』で直木賞を受賞した。

 文藝春秋で長く担当編集者を務めた作家の羽鳥好之さんは振り返る。

「世の中からはみ出したり脚光があたらない人が生きていく姿をつかもうとしていました。ほめたりも美化もせず、存在感としか言いようがないごつごつした人物像を活写していました。誇張せずに人間の哀歓を描くのです。群れずに酒場でひとりで飲み、さまざまな人間を観察。誰もが誰かにおもねたりすることなく個の力を鍛えてほしい、という人間観をお持ちでした」

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